レビュー

編集だよりー 2009年3月9日編集だより

2009.03.09

小岩井忠道

 日本原子力研究開発機構の広報企画委員会に出席するため、高崎市の同機構高崎量子応用研究所に出かけた。産業技術総合研究所の広報評価委員会もいつも、真剣な議論が交わされるが、こちらも毎回、会議の場を各地の研究所に移し、相当中身の濃い意見交換が行われる。

 高崎量子応用研究所は電子線、ガンマ線、イオンビームを用いたさまざまな研究開発をしている研究所だ。しかし、編集者が通信社記者だったころの印象は薄い。新聞やテレビに取り上げられることの少ない研究所だった。ところが最近は、だいぶ雰囲気も変わっているようだ。「自分の研究が社会に知られないのは、存在しないことと同じ」。南波秀樹所長が、所員に研究成果を積極的に発信するよう尻をたたいているせいだろう。

 昔、弾薬施設があったという研究所の広い敷地内に立派な国際交流会館があることも初めて知った。昭和38(1963)年に研究所が設置されたときに国際交流の重要性がきちんと認められていた、ということだろう。会館は常時、24人の海外研究者を受け入れられる宿泊施設を持ち、希望者が宿泊能力を超えたため受け入れを断った時期もあったという。

 茨城県東海村に間もなく完成する高強度陽子加速器「J-PARC」は、高崎量子応用研究所よりはるかに海外研究者の関心は高いと思われる。しかし、センターの強い要望にもかかわらず、この種の施設建設が認められなかった(2008年10月14日インタビュー・永宮正治J-PARCセンター長「めざすは国際的研究施設 - 多目的加速器『J-PARC』の魅力」第4回「産業界への開放と研究しやすい環境づくりが課題」参照)。海外からの研究者を受け入れる態勢づくりは、米国などと比べるとまだまだ遅れているということだ。

 広報企画委員会で議論されたことの一つに「リスクコミュニケーション」というのがあった。具体的に何が必要とされているのか、よく分からないのは、編集者を含む広報企画委員も似たようなものだ。委員の1人(電通社員)が、新聞購読者の減少とウェブの影響力の急上昇について触れた上で、ウェブにはニュースが載るがウェブ事業者自体にはニュースを発掘する能力はないという指摘をした。この辺になると編集者も口を挟める。一つ問題提起をしてみた。

 機構の抱える大きな懸案事項は、福井県敦賀市にある高速増殖原型炉「もんじゅ」がいつから性能試験に入れるかである。最新の問題は屋外排気ダクトに腐食孔があることが見つかったことで、性能試験の開始がさらに遅れていることだ。この種の問題が起きると、まず地元の福井県知事に機構のしかるべき人間(今回は理事長)が直接報告し、試験開始時期の延期などについての了解を求める、という手順が通例となっている。

 問題は、性能試験開始の遅れといった類のことは知事へ報告する前に大体、一部の新聞や放送で先に報じられることだ。実際に今回もそのようになった。しかし、機構側は知事に報告するまでは、事実を公表できないという立場を取り、今回も同様だった。新聞で記事を読んだ読者、放送で知った視聴者、あるいは日ごろから新聞を読まないがウェブのニュースサイトで知った人々の相当数が、機構のホームページにアクセスしたと思われる。しかし、そこに何の情報も載っていない状態が、理事長による知事への報告、要請が無事終わるまで続く。この間、折角、ホームページを訪ねてくれた膨大な数のビューワーが「何だ、この不親切なサイトは」とマイナスイメージを持ってしまうだろう。

 こうした現状を放置しておいた場合、今後も、ホームページにアクセスした多くの人々が日本原子力研究開発機構、あるいは原子力そのものに対する失望感、不信感を抱く状態が続く。福井県知事の面子を立てて事実の公表を知事への報告の後まで伸ばすことのメリットが、そうしたデメリットに見合うものだろうか。一度きちんと評価した方がよいのでは、というのが編集者の問題提起の主旨である。

 「説明前にもし新聞、放送に先に報じられてしまったら、その時点で報道機関だけでなく一般国民向けにホームページ上で事実を公表させてほしい」。仮に機構にそう懇願されたら、知事は何と答えるだろう。「原子力に関する国民の理解と支持を得るためにはやむを得ない」と言うかもしれないではないか、というのが編集者の思いだった。

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