日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンターの広報委員会(24日)に出席し、主として広報の在り方について議論した。大強度陽子加速器J-PARCは、23日に物質・生命科学実験施設が利用開始したばかり(2008年12月18日ニュース「J-PARC利用開始控え記念式典」参照)。今年度中の完成を目指しており、当然、現場は大いに張り切っている。
J-PARCセンター広報セクションリーダーの鈴木國弘氏(編集者の高校の後輩でもある)は、地元で相当の有名人である。大学時代、落語サークルで活躍したということもあり、話術が素人離れしている。J-PARC研究者たちの広報マインドをいかに高めるかに腐心している姿が、NHK水戸放送局制作の番組でも取り上げられたほどだ。
そのビデオをみせてもらったところ、センター内の講習会らしい場で、研究者に容赦ない注意を与えている場面が出てくる。やり玉に挙げられた一つが、スライドの説明の中に数式を書き込んだことだった。
「一般の人が見て分からない数式を使うのは、ずるしているのと同じ」。なかなか手厳しい。「研究者が自分たちのしていることを分かりやすく一般の人に説明するのは当然のこと。それができなければ、研究者がますます社会の中で孤立してしまう」
「その通り!」と声をかけたくなるようなことを、NHKのアナウンサーの問いに対し、答えていた。
産業技術総合研究所の研究者が、サイエンスカフェで話す前に広報担当者の指導を受けるシーンもあった。「研究者相手に発表しているのではないのだから」という広報担当者の注意に対し、「これでも相当、分かりやすく話している」と答える姿に笑ってしまった。産総研では、プレスリリースする研究成果は2週間前に広報に提出するよう研究者に要求しているという。プレスリリースの量と質が最も高い研究機関は、理化学研究所と産総研では、とかねがね評価していたが、2週間かけて内容を練るという言葉に納得する。
広報委員会は、編集者以外にも外部のさまざまな研究機関の広報担当者たちがメンバーに入っており、相当突っ込んだ意見が交わされる。いずこも研究者というのは、説明責任という自覚が十分ある人ばかりではないらしい。研究者相手に日ごろ苦労していることを、つい思い起こしてしまうからだろうか。「明日、学会で発表するから記者発表して、と論文を持ってくるような人もいて…」。ある広報担当者の話に「そういうのは対応できないから、個人で報道機関に対応してもらっている」と、別の機関からの広報委員。「いよいよのときは、特定の社にリークするということもあるが」。これは、また別の機関のベテラン広報担当者だ。
リークというのは四六時中あるというものではないだろうが、元記者としてはこのあたりの事情は推測できる。当事者が記者会見をしたという形で公表したくない、あるいは時間的事情その他の理由でできない。しかし、隠し通すこともまずいか、無理だ。そんな場合に、当事者が特定の報道機関(通常は1社)にだけ情報を与えるというのは昔からあるはずだ。知らされなかった社は、愉快なわけはないが、まともな記者は広報担当者をどなりつけたりはしないだろう。リークされた記者とリークした人間には、信頼関係があり、自分にはなかった、ということでもあるからだ。
編集者が“被害“にあったケースとして、「動力炉・核燃料開発事業団が世界最高性能のウラン濃縮遠心分離器」という一面トップ記事を某全国紙に書かれたことを思い出す。どこの社も後追い記事を書かなかった。というか書けなかったといった方がいいかもしれない。記事の内容が事実かどうかコンファームする(その通りだと認める)人間などいないからだ。ウラン濃縮に関するこの種の情報は、核不拡散上、最も秘密にすべき情報とされているので、正しいとも間違っているとも言えないのである。そもそも最高性能がどの程度かという数字もはっきりしないわけだが、では、でっち上げの記事かというと、そんなことはない。
「遠心分離器の研究開発はうまくいっているらしい」。そう思わせたい相当な地位の人物が、リークしたということだろう。予算をつけるかどうかの鍵を握る人たちに対しては、相応の効果は期待できるだろうから。例え1紙にしか載らなくても。
J-PARC広報委員会に戻る。研究成果を一般に分かりやすく公表することに、J-PARCセンターだけでなくそれぞれの研究機関が苦労、努力しているのに感心したので、最後にひとくさり講釈した。自然科学研究機構が、毎年、春分の日と秋分の日に開催しているシンポジウムが、編集者が知る限り、もっとも分かりやすくためになる」と。このシンポジウムは、毎回、立花隆氏が、テーマと多くの報告者を選び、当日の司会も担当するから面白いに決まっている。それ以上に感心するのは、報告者にはリハーサルをしてもらい、分かりにくいところは指摘して直させる。そう聞いたからだ。
皆さん、この話を真剣にメモを取ってくれていた。それぞれの機関の研究者たちに対する広報担当者の指導が、さらに厳しくなってくれればいいのだが。