竜巻による被害の様子は写真や映像で何度か見たことがあるが、竜巻そのものを初めて目の前で見ることができた。
毎年、この時期、一緒に旅行をするグループに入れてもらっている。1980年代に同じ赴任地で過ごしたことと、科学技術・原子力に何らかの形でかかわったという共通項でつながる親しい仲間だ。属している(た)組織はいろいろである。この10数年で変わった点と言えば、夫妻で参加する人が大半になったことだろうか。時は流れ、それぞれ夫婦間の力関係も変化、男だけで勝手なまねはできない、ということだろう。
ことしは、稚内に集合し、13日夜の懇親会と14日の日本原子力研究開発機構・幌延深地層研究センターなどの見学が設定されている以外、前後の行動は自由、という趣向だ。
14日の朝、貸し切りバスでホテルを出た途端、めざとい人から「竜巻だ!」との声。巨大な稚内港北防波堤ドームわきでバスを止め、ぞろぞろ堤防に上る。宗谷海峡の方向、低くたれ込めた黒雲と海面を結んで煙突の煙のような太い線が垂直に伸びている。それも2本はっきり見える。それぞれ上方は少しなびいているものの海面からすっくと立ち上った姿は、見事だ。ただ海面に近い方だけ、やや輪郭がぼやけている。
竜巻というのは下から崩れ始めるのか、と思ったが、これがとんだ浅知恵と翌日の朝刊の記事を見て知る。海水が噴き上げられて水柱ができていたからだった。
竜巻というのは1カ所にとどまらずあっという間に移動するのだろうなあ、ネズミ花火のように。これまで漠然と思っていた。だが、これも遠方のせいか、ふらふら動いているようには見えない。すぐに消えてしまうことも、蒸気機関車の煙のように先に行くにつれ形が崩れることもなかった。
バスに戻り、依然として消えない竜巻を横に見ながらノサップ岬に着くと雨が降り出して、雷まで鳴りだした。ところがUターンして宗谷岬に向かう途中から、再び、快晴に近い天気となる。宗谷岬からは、サハリン(樺太)が見えた。最北の地は天気の変化も豪快だ。
ちなみに、翌日の北海道新聞朝刊によると竜巻の原因は、上空5千メートル付近に平年より5℃ほど低い零下21℃の寒気が入ったためという。積乱雲が発達して強い上昇気流が発生したことによるということだ。
しかし、積乱雲などどこでも見られるし、上昇気流も珍しい現象ではないはず。空気よりはるかに重い海水を吸い上げるような激しい現象がしょっちゅうあってはたまらない。稚内地方気象台が「竜巻注意情報」を宗谷地方で発表したのは初めて、ということだから、やはり滅多にない光景に出くわしたということだろう。