長唄の今藤尚之、長唄三味線の今藤長龍郎が主催する「尚龍ゆかた会」を、青山ダイヤモンドホールで聴いた。「『風流船揃』を唄うので」という招待状を、高校の運動部の1年先輩である瀬谷重信氏からいただいたからだ。瀬谷さんとは国立演芸場の「女流義太夫の会」で一度、ばったり顔を合わせたことがある。「長唄などとても鑑賞する柄ではない」とは言えても「全く関心がないから」とは言えない。
覚悟を決めて、出かけたというわけだ。
邦楽というのは、それぞれ特徴があるものだ、とあらためて感心する。長唄は歌舞伎の伴奏音楽として発達したそうだが、言われてみると唄も三味線も華やかな感じがする。主催者のお二人は、歌舞伎座の舞台をはじめ国立劇場その他の演奏会で活躍しているこの世界の重鎮ということだ。瀬谷氏は、NTTデータ通信九州支社長当時、長唄を習い始め、ついた師匠が今藤尚之氏の弟子筋に当たる人。その縁で東京に戻ってからは、尚之氏に習っているということだった。
「尚龍ゆかた会」というのは、弟子たちにも晴れ舞台をという趣旨らしいが、すべての演目に両師匠が、弟子の両脇に並び、一緒に演奏するという力の入れようである。
「長唄をやっているおかげで数十人規模の講演会ならマイクなしでもできる」。フットワークなど運動部の練習で手を抜きたくなるところも常に全力疾走。高校時代から、何事も始めたら中途半端では済まない、という先輩である。この日の唄い振りも素人離れしているように聞こえた。特に高音の出し方が、聞きなれている女流義太夫とはだいぶ違う。口は大きくあけているように見えないが、あごを十二分に張り、口の中の空間を目一杯広げ、高音を十分に響かせてから放出する、という感じである。
「三味線とのコラボレーションで隅田川の船遊びの情緒をどれ程唄えるか…」。瀬谷氏自身が書いた解説にあった。邦楽にもそれぞれ特徴があると感じたのもこの「コラボレーション」に関係する。この日は、長唄、長唄三味線がそれぞれ2-4人ずつ並んで演奏していたが、唄と三味線のどちらが主ということはない。曲の中にそれぞれ唄が主になるところと三味線が主になるところがあり、両者の関係、役割は対等かつ相乗の関係にあるようだ。 ちなみに瀬谷氏のいまの仕事は、(株)コラボレーション経営研究所代表取締役である。
プロ8人による演目「石橋」(しゃっきょう)を最後に堪能し、会場を後にする。途中のどを潤して帰宅後、夕刊を読むと毎日新聞に「小泉純一郎元首相、音楽を語る」という特集記事が載っていた。
「オーディオにはこだわらない。だって生にかないっこないでしょ」。そうそう音楽は、小泉氏が言うように「生演奏が一番」だ。長唄の高音、長唄三味線の華麗な響きも、再生装置など通して聴いては、感動もいまひとつではないか。初心者でもそう感じたくらいだから。