レビュー

編集だよりー 2008年8月3日編集だより

2008.08.03

小岩井忠道

 暑いか寒いかを除くと季節感がすっかり希薄になってしまった。とはいえ、この時期、ミカンがどっさり送られて来るとさすがに驚く。旧知の大河原重久・元米ロチェスター大学教授夫妻からだった。脳神経外科教授を長年務めた後、帰国、知多半島に居を定めている。

 帰国後、広い庭に畑をつくった。日本もいずれ食糧不足の時代が来る。自分たちが食うに困らないくらいのものは自分でつくる、という氏の考えに基づくものだ。もっとも、氏は帰国後体調を崩し、手術もうまくいかなかったため、車いすの世話になる身になってしまう。畑仕事はもっぱら夫人の役目になっているとのことだ。

 ロチェスター時代に畑仕事などされていたとは思えないが、成果物は見事なものだ。送った先々から褒められたというタマネギも立派だったが、続いて送っていただいた馬鈴薯もおいしかった。そのうえ、今度は、ぜいたく品のハウスミカンである。いまの仕事をやめたら時々畑仕事を手伝いに行き、食糧不足の時代が来たら助けてもらうことにしよう。

 大河原夫妻とのお付き合いは、20年前に氏の研究報告が米科学誌「サイエンス」に載ったのがきっかけだった。「アフリカミドリザルの脳に人間の神経細胞腫瘍から取り出した培養細胞を移植したところ、最長で270日、脳の一部として生き続けた」という内容である。研究の狙いは、脳内で神経伝達物質の分泌量が少なくなって起こるパーキンソン病などの治療法につなげることだった。

 そのためには移植した細胞がきちんと新しい場所で生き続けるかを、まずヒトに近い動物で確かめなければならない。培養細胞として手に入りやすく、神経伝達物質「アセチルコリン」を分泌することが分かっているヒトの神経細胞腫瘍から取り出した培養細胞を使って、実験してみたというわけだ。すべての細胞になりうる胚性幹細胞(ES細胞)が、再生医療の有力候補として注目される前の話である。

 こうした考えに基づく研究、臨床応用は一時、大きな関心を集めたが、結論から言えば、ものにならなかった。細胞を移植した後一時、劇的な効果が見られたという報告もあったが、結局、すぐ元に戻ってしまうらしい。ケースは異なるが実話に基づく米映画「レナードの朝」(ベニー・マーシャル監督、ロバート・デ・ニーロ主演、1990年)のようにといったらいいだろうか。

 結局、大河原教授らの研究チームもこの方法をヒトには試みることはなかった。

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