レビュー

編集だよりー 2008年7月26日編集だより

2008.07.26

小岩井忠道

 どこまで解明できるのだろうか。結局、分からずじまいで終わったりして…。素人なりの憶測を抱きながら、脳に関するシンポジウムを毎回興味深く聴いている。

 この日、行われたのは社会技術開発センター主催の「脳科学と社会」研究領域・領域架橋型シンポジウムシリーズだった。「遺伝と環境の相互作用:氏か素性かの先端科学」。答えが出ているならぜひとも聞きたいと、一般の人も思いそうなタイトルである。

 無論、簡単に黒白が付くような生やさしいテーマではない。終日、研究報告やパネルディスカッションを聴いて、あらためて感じた。

 石浦章一・東京大学大学院教授が、米国の進化生物学者で科学エッセイストとしても有名なスティーブン・グールド(故人)の説として、紹介した話が面白かった。「ホモ(男性同性愛者)は、いつの時代、どの人種にもいる」。これは、一般に認められている事実なのだろう。

 ホモは、子どもをつくれないから自分の遺伝子は残さない。ホモが遺伝的要因によるものだとしたら、なぜ、ホモの遺伝子がいつまでも絶滅することなく残っているのか、というのが、話のポイントである。

 グールドの説というのは、ホモの関連遺伝子は性染色体上にあり、男性だけでなく女性にもその遺伝子を持つ人がいる。この遺伝子を持つ女性は魅力的であるため、当然、男性との間に多くの子孫を残す。だからいつまでたっても人類にホモの遺伝子が残り続ける、というような話であった。

 この種の話を聞くたびに、すぐわが身に置き換えて考えるくせが付いている。近眼にかかわる遺伝子が自分の家族を含め、なぜこれほど多くの人間に残り続けてきたのか、ということだ。遠くがよく見えるより、手元が見えさえすれば困らない、という時代は、長い人類の歴史でつい最近のこととしか思えないからだ。

 近眼の方がむしろ有利ということが、人類の初期時代からあった。それも今に至るまで延々と…。いくら考えても、思い当たることはない。

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