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温室効果ガス排出量取引の是非論議

2008.06.23

 温室効果ガス排出量取引制度に対する日本の取り組みに関する記事が急に目立つようになった。月初めに訪欧した福田首相が、ドイツ、英国、フランスの各首相から排出量取引制度の導入を求められ、帰国後急に姿勢が変わった経緯を、23日の毎日新聞朝刊が詳しく書いている。「帰国後は、首相秘書官ら官邸スタッフ数人だけでとりまとめに入る」。その結果、帰国4日後に発表した「福田ビジョン」に、今秋の国内排出量取引制度の試験的導入が打ち出された、と。

 温室効果ガス排出量取引に対しては、産業界を中心に国内では効果を疑問視する声が根強く、欧米先進国との姿勢の違いが目立つが、なぜ、このような事態になっているのか。23日の日経朝刊オピニオン欄に載った原丈人 氏・デフタ・パートナーズ会長のインタビュー記事が興味深い。「排出量取引を導入しても世界の温暖化ガスの排出総量は変わらない」と語っている。「排出枠を買うという安易な方法に頼り、自身の排出削減の努力を怠ってしまう」。加えて、「中国など京都議定書の非加盟国は排出削減に努めるより、排出枠を売ってもうけようとしがち」というわけだ。

 目を引くのは、欧州だけでなく京都議定書非加盟国の米国までなぜ排出量取引に積極的なのか、という問いに対する答えである。

 「投機の対象として大きな市場性があるからです。信用力の低い米個人向け住宅融資(サプライムローン)問題の発生後、次の標的が必要となっています」

 ここで思い浮かぶのが、1月8日、日本学術会議、科学技術振興機構主催のシンポジウム「高度情報社会の脆弱性の解明と解決」で基調講演した寺島実郎 氏・日本総合研究所会長・三井物産戦略研究所所長の警告だ。

 「米国で一番ITをとりこんだのが金融。金融というのはずっと産業金融という形をとっていたのが、金融活動に伴うリスクをマネジメントすることで利益につなげるデリバティブといったものが出てきた。サブプライムローンも、住宅ブームを長引かせるために、本来、金を貸せない人に貸す仕組みを考え出した」(2008年1月11日ハイライト「IT革命がもたらした経済の3層構造」参照)

 米国社会を熟知していると見られる寺島、原両氏が「バーチャル経済」の急速な広がりには非常な危うさを感じているのは間違いない。

 排出権取引をめぐり、完全な少数派になっているように見えるばかりか「すでに排出権を買い始め金づるになっている」(原丈人 氏)日本の巻き返し策は、何か。読売新聞23日朝刊経済面で安部順一 氏・編集委員は「日本型排出量取引探れ」と題し、日本経団連を中心に産業界が取り組む「環境自主行動計画」の改革を提言している。業界ごとの削減目標でなく、個別企業が国と協議して信頼できる自主目標を示し、その上で排出量取引の可能性を探るという内容だ。

 日本のとるべき道はいずれにしろ険しいものになりそうだが、前述の寺島 氏の講演に大いに気になる指摘がもう一つある。

 「1990年代、米クリントン政権は軍事費を3分の1削減した。80年代、米国の理工系学生の7割は軍事産業に就職していた。軍事費削減でこれら優秀な理工系学生が、金融界に吸収され、サブプライムローンも、さらにリスクを分散するための証券化、という方法まで考え出した」

 排出量取引を導入するにしろ、日本型の排出量取引など別の道を探るにしろ、相手の背後には相当に手強い知能集団がいることを考える必要が、ということだろうか。

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