レビュー

編集だよりー 2008年5月23日編集だより

2008.05.23

小岩井忠道

 秋田県にかほ市から送られてきた広報誌「にかほ」5月1日号に、「学校生活の第一歩」というページがある。4月に市内の小学校に入学したばかりの1年生たちが載っていた。目を吸い寄せられた写真がある。1年生が1人しかいない小学校だった。

 芭蕉が宮城県の松島とともに奧の細道紀行で最も訪ねたかった場所といわれる象潟(きさかた)。南極探検で有名な白瀬中尉の出身地、金浦(このうら)。さらに仁賀保(にかほ)の3つの町が合併して2005年11月に誕生したのが、にかほ市である。TDKの創設者、斎藤憲三もここの出身だ。何の縁もなかったにかほ市の「ふるさと宣伝大使」を横山忠市長から委嘱され、この地を初めて訪ねた話は前にこの編集だより(2007年5月21日)で書いた。「歴史、文化、自然に加え、冒険的気質にも富むこの地が元気をなくすようなら、日本の地方で地域活性化が期待できるところなどないだろう」。そんな言葉を書き添えて、後で市の副市長に喜ばれたものだ。

 悪いことを書いたとは思わないが、先生と家族5人に囲まれ、たった1人の1年生がほほえんでいる記念写真を眺め、恥ずかしくなった。市行政の実態もよく知らずによくも偉そうなことを書いたものだ、と。

 にかほ市の地図をインターネットで引いてみると1年生が1人の釜ケ台小学校は、隣の由利本庄市との境界に近い山間部にある。釜ケ台中学と同じ場所となっている。一番、近いところにあると思われる小学校までの距離を目分量で測ってみると、10キロないしそれ以上ありそうだ。これでは到底、通えそうもないだろう。市のホームページによると釜ケ台小の全生徒数は16人、釜ケ台中も11人しかいない。

 1週間ほど前、高校の同級生である橋本昌・茨城県知事と交わしたばかりの会話が急に現実味を増してよみがえってきた。

 15日、日本科学未来館で「J-PARCが拓く科学・産業技術シンポジウム」があった。J-PARCは、世界最高クラスの大強度陽子ビームを生成する加速器と、ビームを利用する実験施設から成る。基礎科学だけでなく、産業面への応用も期待されていることから、地元、茨城県の肩入れも相当なものだ。ビームのうちの2本を茨城県専用に確保しているという。橋本知事は、兵庫県の大型放射光施設「SPring-8」を念頭に、J-PARCを「SPring-8」を超えるような目玉研究施設にしたいと考えているようだ。

 当然、このシンポジウムにも顔を出すと聞いて、別の講演会から夕方、こちらにも回った。報告、パネルディスカッションの後に館内で開かれたパーティーでひとしきり話をしたが、パーティーが終わりに近づいたとき、急に「一杯飲みに行こう」という。もっと早く言ってくれれば、都心で仕事中と思われる同級生にも声をかけられたのだが、この時間では無理だ。ほかの同級生を誘うのはあきらめて、水戸への帰りにも都合がよいと思われる都心の店に案内する。

 「文部科学省も単に学校の先生を増やせというだけでは駄目」と持論らしいものをぶたれた。「小学校からずっと3番以内、中には常に1番という子供がいる。同学年の生徒数がそれしかいないからだ。これじゃ、子どもにいいわけがない」

 確かに、常にトップあるいは3番以内という成績の順番もさることながら集団の遊びができないことの不利益、寂しさは、わがことのように分かる。野球もドッジボールも夢のまた夢ということだろうから。

 統廃合によってコスト削減の努力をした上で、先生の増員を要求すれば財務省も対応可能。通学が困難になる子どもにはスクールバスを用意すればよいし、統廃合で節減できる人件費その他の費用の一部で十分まかなえる…。とまあ、そんな話だった。

 実際に茨城県で小中学校の統廃合という事態がどの程度進んでいるのか、聞き忘れたが、1学年の生徒数が数えるほどという学校は、おそらく実際にあるのだろう。

 少子化、人口の都市集中、自動車の増加などで、こどもの遊び環境が急激に悪化していることに対し、思い切った対策を求める声が高まっている。救いを求めているのは都市の子どもたちだけでない。むしろ、地方の方がより深刻な状況に置かれている子供が増えているのでは。

 そんなことを痛切に感じさせられた写真として、忘れられなくなりそうだ。

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