レビュー

編集だよりー 2007年10月24日編集だより

2007.10.24

小岩井忠道

 毎年、この時期に開かれている東京国際女性映画祭で、「心理学者原口鶴子の青春」(泉悦子監督)を観た。

 この映画祭については、いつも「手作り」という印象をもつ。今年で20年目を迎える映画祭の運営が、当初から高野悦子ジェネラルプロデューサーを中心とする少数の人々によっているからだろう。大作といってもよい内外の作品も上映されるのだが、大きな映画館での上映は難しいかな、と思われる作品も少なくない。

 観客も、常連あるいは関係者といったような人が多そうで、家族的な雰囲気が漂っている。このドキュメンタリー作品の主人公である原口鶴子の孫娘さん3人の姿も見られた。上映の前後に泉監督、ナレーションを担当した女優の五大路子さん、孫娘さんたちの紹介やあいさつがあった。これらの人々の話がまた気取りがなく自然でさわやかだ。

 「お花見に誘われて、ニューヨークの作品を撮ったことがあるという話をしたところ、たまたま隣におられたのが、さきほどごあいさつされた原口鶴子のお孫さんだった。『実は私の祖母は…』という話になり…」

 作品をつくるきっかけは偶然だったことを、上映後に泉監督が会場からの質問に対し、明らかにしていた。編集者も知らなかったのだが、監督自身もそれまで原口鶴子については何の知識もなかったということだろう。鶴子は、群馬県富岡市の出身で、高崎高等女学校を経て日本女子大学校を卒業後、1907年、単身ニューヨークへわたり、コロンビア大学大学院で日本人女性初の心理学博士号を得た。しかし、帰国後、結核を患い29歳の若さで病死してしまったこともあり、一般にはそれほど知られた存在ではないようだ。

 泉監督は、早稲田大学文学部演劇専修卒で、記録映画社の演出助手を経て独立、官公庁や企業のPR映画など、これまで100本以上のビデオの企画・脚本・演出を手がけた、と映画祭のパンフレットに紹介されている。今回の作品は2作目の自主製作ドキュメンタリーという。この種の作品をつくる映画人の常として製作資金には悩まされているようだ。「これまで挫折したことは何度もあるが、この作品は芸術文化振興基金の助成や皆さんの激励などで、どんどん動き出し…」と観客を笑わせていた。

 さて、観客の感想はどうか。前述したようにファミリーな雰囲気を持つこの映画祭は、観客に女性監督たちの姿も多い。ドキュメンタリー映画監督として高名な羽田澄子さん(今回の映画祭でも「バッコスの信女」が上映されている)が、司会者にマイクを回されて、感想を述べていた。

 「びっくりした。初めてこういうスタイルの映画をみたが、映画でこれだけのことが語れるのか、と感動した」

 泉監督は、次のようにも語っていた。

 「50歳で企業の映画基金をもらいニューヨーク大学へ短期留学したことがある。ケネディ空港からニューヨークへ向かう途中、摩天楼を見て驚いた」

 100年も前に、20歳そこそこで単身同じニューヨークに留学し、心理学の博士号を得た女性。その短いけれど濃密な人生、心の内を追体験するような気持ちで、泉監督はこの作品をつくったのではないか。上映後の監督と観客たちとのやりとりを聞いて、ようやくこの作品の不可思議な魅力が、おぼろげながら分かったような気になった。

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