レビュー

編集だよりー 2007年10月20日編集だより

2007.10.20

小岩井忠道

 映画「呉清源 極みの棋譜」(田壮壮監督)の試写を、日本記者クラブで観た。碁のことはよく知らない。たまたま会場で顔を合わせた記者時代の先輩と、映画を観た後、一杯飲んで「あれが本因坊だれそれ」、「あそこに出ていたのが、川端康成!」など初めて教えられることも多々あった。

 さすがに木谷実、瀬越憲作の名前くらいは知っていたが、松阪慶子演ずる女性が、喜多文子という女流棋士の草分けということは全く知らず、映画を観ている間、一体彼女は何者か気になって仕方がなかった。南果歩が教祖役を演じる新興宗教が、双葉山も一時、信者になった有名な新興宗教だということも、後でパンフレットを見るまで気づかなかったのだから、情けない。この宗教に呉清源が一時、囲碁を棄ててまでのめりこむ時期は、映画でも丁寧に描かれていた。囲碁の世界に詳しい人、呉清源をよく知る人なら、もっとこの映画のよさ、面白さは分かるに違いない。

 衣装のほかにプロダクションデザインと製作まで担当したワダエミさんが、パンフレットの中で述べている。台本上の最初のシーンを含め、呉清源の子ども時代の映像は全部カットされていた、という。とにかく、ぜいたくにつくられた映画であることはよく分かる。冒頭、わずかしか出てこない北京の映像が重厚なのがまず印象に残った。呉少年と一緒に来日する母親も、出番は数少ないが何とも存在感がある。シルビア・チャンという台湾の国民的女優ということだ。

 ワダエミさんによると、この作品は撮影終了後、なかなか完成しなかった。「日本ロケの後、帰国したところでお金が尽きてしまった」からだそうだ。

 「予算的に厳しくとも、田壮壮監督は絶対にレベルを落とそうとはしないんですよ。もしものために私が残しておいたお金でスタッフはやっと中国へ帰ることができたんです」

 一昔前の日本にもこんな映画監督がたくさんいたと言われていたように思う。日本の映画作りの伝統というのは、優れた日本人映画監督に引き継がれているだけでなく、アジアの映画作家にもきちんと継承されているということだろうか。

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