ピアニスト、高橋アキのコンサートを東京文化会館小ホールで聴く。
毎回、意欲的な演奏に挑む人らしく、昨年は、クラシック作品のほかにタンゴを弾き、舞踏家の田中泯が踊るというプログラムが入っていた。ことしは、ロハン・デ・サラムというスリランカ出身のチェリストがゲストだった。初めて聴くコダーイの無伴奏チェロ・ソナタというのは、なかなか初演されなかった難曲、とプログラムにある。前から2列目に座ったこともあり、その演奏ぶりから容易ならざる曲ということは分かるような気がした。
この曲は、GとCの弦を半音下げている。開演前に目を通した解説で知り、「どうしてまたそんな演奏家泣かせのようなことを」と不思議だったが、それも幾分かは理解できたような気がした。弦を抑え音を出しながら、あまった指で開放弦もはじく。そんな演奏個所が随所に出てくる。この音を出すために2本の弦を最初から半音下げているのか、というのが編集者の想像だが、多分それ以上の意味もあるのだろう。それにしても楽譜はどう書かれているのだろうか。楽譜が本来の音で示されていると、演奏者は、GとCの弦だけは抑える場所をいつもより半音ずらして演奏する、という厄介な話になるが。
さて、主役の高橋アキという人を、実は1年前まで全く知らなかった。昭和48年に既に芸術祭優秀賞を受賞しているそうだが、世界の作曲者たちにビートルズ・ナンバーを主題とする作品を委嘱したという「ハイパー・ビートルズ」が、ニューヨーク・タイムズ紙の1990年ベストCDに選ばれ、さらに昨年、ニューヨークで行ったフェルドマン(この名前も編集者は知らない)の作品によるリサイタルが、同じくニューヨーク・タイムズ紙の2006年度のベストコンサートの一つに選ばれたという。
そんな実力ピアニストというのに、今夜の客の入りはといえば5、6割あるいは6、7割といったところなのである。1年前は後ろの方で聴いていたから見過ごしていたようだが、写真で見るよりはるかに知性的な雰囲気を感じさせる人だと気づいた。これでニューヨーク・タイムズの音楽担当も惚れ込んだのかも、などとまたまた本質からはずれた想像をめぐらす。
休憩を挟んで第2部が始まる直前、拍手が起きたので後ろを振り向くと、皇后陛下がおつきらしい人も連れず入場して来るところだった。
識る人は識る、ということなのだろう。