参院選の結果は、午後8時に各テレビ局が一斉に報じた出口調査の数字を一通りチェックしただけで、すぐスイッチを切ってしまった。
自民34という数字を示した局があったが、残りは36から39という数字を出しており(幅を持たせた数字しか出さないNHKも中間値を取ればこの範囲に収まっていた)、結果は見当がついたからだ。
開票が進み、当選確実がどんどん増え、中終盤になるにつれ熱気が高まってくる、というのが長らく続いた報道パターンだったと思う。ところが、いまや開票が始まる、というより出口調査結果の公表が許される午後8時が勝負、といった風情だ。たまたま、8時ちょっと前につけた民放局は、秒読みまでしていた。「残り○分○秒で、出口調査の結果発表」と。
新聞の選挙報道のありようもテレビ局同様、出口調査によって大きく変わっているはずだ。しかし、新聞・通信社の“選挙報道エスタブリッシュメント”は、なかなか出口調査を主要なツールと認めたがらない実態があったように見える。NHKも選挙開票速報番組で出口調査のデータを前面に出すのは、キー局に比べて遅れたように思う。
日本で出口調査にいち早く注目して取り入れたのは、ある民放テレビ・キー局だ。このキー局の報道局長(当時)が懐の大きな人で「出口調査を高い金かけて各局がそれぞれやるのはばかげている。いっしょにやれないか」と言い出し、編集者が勤めていた通信社のラジオ・テレビ局部門が、まとめ役を担うことになった経緯がある。各局が分担するといっても半端な額ではないので、全選挙区を網羅するのは、当初、何回かの選挙ではできなかた。データが完ぺきではないことも理由の一つだったのだろう。せっかくのデータが、当初は編集者の勤める通信社の選挙報道エスタブリッシュメントからは、ほとんど見向きもされなかったものだ。
態度がころっと変わったのは、自民党が44議席しかとれず橋本龍太郎首相(当時)が退陣に追い込まれた1998年の参院選である。投票がまだ行われている最中、早ければ午前中の段階でおおよその結果が予想できてしまうのが、出口調査のおそろしいところだ。従って、出口調査を実施している報道機関は、投票が行われている間は、調査の途中の数字を絶対に公表しない。投票行動に影響を与える心配があるからだ(それでは事前の世論調査にそういう心配はないかという議論もあるが)。
98年の参院選では、投票が終わらない時点で早々と惨敗を悟った自民党の“戦後処理“、つまり橋本首相退陣に向けての動きが始まった。もし、報道する側が「出口調査の数字なんてあてにならない」などとうそぶいていたら、この取材活動にも遅れをとったところだったのである。
ある時、日本における選挙調査のパイオニアでもある統計数理学者、林知己夫氏(故人)に言われたことを思い出す。「出口調査などというものは、危なくてみていられない。接戦になればなるほど、サンプルを相当増やしたところで結局、確たる判断はできない」。おおむねそんな批判であった。こればかりは、言うことを聞いて「みんなやめようや」と言うわけにはいかなかったが、いま、氏がお元気だったら同じことを言われるのだろうか。
テレビ局にとって、開票データを見ながら個々の選挙区での当選確実をいち早く出すことも無論大事だが、最初の出口調査結果の数字は決定的だ。その際、結果的にいくつかのケースで出口調査と勝ち負けが逆になってしまっても、その出し入れを相殺して最終結果に近い数字になっていれば、それほど不都合はない。
出口調査にはこうした面もあることを、ひょっとして林氏は気づいていなかったかも。そんな気もする。