レビュー

タンパク3000プロジェクトの基盤

2007.05.18

 当サイトに17日掲載したレビュー「生命科学プロジェクトの目的は明確か?」を読まれた和田昭允氏(ヒトゲノム解析プロジェクトの提唱者)から、編集者に以下のようなコメントが寄せられた。17日の記事を受けた形で書かれていることもあり、氏のプロフィールを付記し、原文のまま、掲載する。

 私について言えば、理化学研究所のゲノムセンター発足時に掲げた四つの理念があります。(これは発足時からいろいろなところに書きましたので、後からつけたものではありません)

 それを以下に書きますが、これらが誠に粛々と実行されてきたと、小生は満足しています。 我が国が言い出したゲノム解読は出遅れはしましたが、榊佳之(注1)の努力によって世界の三極の一極の地位を確保しました。横山茂之(注2)のタンパク3000や林崎良英(注3)のcDNA の仕事は、まさに世界のイニシアティブをとってきました。

 これはある程度の規模を持っていたからこそできたことです。そこで育った人たちは、“データードリブン生物学”の実感に触れ、その将来について考え、勉強したはずです。“サイエンスにおける新しい局面の展開”を経験した彼らは、次の時代を作るでしょう。

 いずれにせよ、研究に必要不可欠な広い裾野が、我が国においても欧米に遅れることなく広がったことは間違いありません。

 基礎科学は、確固とした理念に立っての長期戦であることは、科学の本質を考えたことがある人なら判っていることです。中村桂子さんの言われるように歴史が証明するでしょうが、中村さんとは違って私の意見は、必ずしも悪いものになるとは思っていません。ただ、日本の産業界が頑張ってくれないと、「基礎科学の産業応用」が日本以外の国の成果になることは、十分予想されることです。

 「物理学は越境する−ゲノムへの道」(和田昭允著 岩波書店 2005年)
  第七章 理研ゲノム科学総合研究センター(GSC) --「生命生存の智恵と戦略」の探求(p187-188)

 発足に際して、センターの寄って立つ基盤として、私は四つの考えを示しました。

  1. 生物はミクロからマクロ次元を縦断する多段階の階層を持ち、多様な種を展開する機能体である。生命を本当に理解し、それを産業応用に的確に結びつけるためには、生物を情報・構造・機能の全正面から総合的に研究し、“生命生存の智恵と戦略”を解明することが不可欠、かつ最も近道である。
  2. 物理学、化学、数学、工学、そして情報科学のあらゆるツールを総動員する必要がある。また、研究の上流から下流まで——試料作成、構造・機能の高速自動計測、データ解析、意味解読、モデリング——の意思の疎通、整合性、調和を図り、研究を効率化しなければならない。これによってセンター設立の意義を鮮明にする。
  3. 純粋研究において、また、産業応用において最高の成果を得るためには、純粋基礎研究と応用開発研究さらに産業界との間に活発な交流、連携が必須である。また、我が国独自の「知財」の確保と「デファクト・スタンダード」の発信を行わなければならない。
  4. 人類の知の発展と福祉のために、諸外国との国際共同研究、望むらくは日本がイニシアティブをとる研究、を積極的に推進しなければならない。

以上

(1) 榊佳之 氏 :理化学研究所ゲノム科学総合研究センター長
(2) 横山茂之 氏 :理化学研究所放射光科学総合研究センター先端タンパク質結晶学研究グループ構造解析高度化研究チーム長
(3) 林崎良英 氏 :理化学研究所中央研究所林崎生体分子機能研究室主任研究員

和田昭允 氏のプロフィール
1952年東京大学理学部卒業 1971年同教授 1989年同理学部長 1998年理化学研究所ゲノム科学総合研究センター所長 2003年同センター特別顧問 現在、同特別顧問のほか、お茶の水女子大学理事、日本学術会議連携会員、横浜市青少年育成協会副理事長、同協会「横浜こども科学館」館長、東京理科大学特別顧問などを務める。 生物・生命の研究に物理学的手法を導入し、生物物理学という新しい学問分野を切り開き、1981年には科学技術庁(当時)の振興調整費による「DNAの抽出・解析・合成」プロジェクトの委員長として、その後、激しい国際競争となった「ヒトゲノム解析」を世界に先駆けてスタートさせた。

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