レビュー

編集だよりー 2007年3月25日編集だより

2007.03.25

小岩井忠道

 分子生物学といえば、渡辺格さん。そんな時期が、しばらくあったような気がする。その渡辺格・慶応大学名誉教授が亡くなったことを、25日の各紙朝刊で知る。

 利根川進・米マサチューセッツ工科大学教授が、ノーベル医学生理学賞を受賞したときのことだから、もう20年も前の話だ。

 「私を恩師扱いしてくれてね」。授賞式が行われたストックホルムで、うれしそうに話されたのを思い出す。ノーベル賞の授賞式には受賞者本人、家族のほかに、受賞者ゆかりの人々も何人か招待されるしきたりらしい。ソニーの創設者である井深大氏も一緒に来ていた。

 ある時、渡辺、井深両氏とノーベル財団に人脈を持つといわれていた矢野暢・京都大学教授が、何やら話しているところに行き合わせた。4枚用意してきた色紙に、4人がそれぞれサインして記念品にしようというほほえましい相談である。利根川教授にそれをいつだれが言い出したものか、が3人の“悩み”だったと後で知って、笑ってしまった。

 「色紙にサインなんて」などと、万一、利根川教授に拒否されたりしたら、というのが心配事だったらしい。前夜、和気藹々と懇談したばかりだというのに、翌朝、エレベーターで利根川教授と顔を合わせたら知らんぷり。そんな目に遭った人(渡辺氏ではない)がいたという。

 ノーベル賞を取るような学者は、何かを考えていると周囲の“どうでもよい“ことには目が向かないのだろう。そんな脈絡の中で出てきた話だから、その人が利根川教授に悪い感情を持ったということではないので、念のため。

 ところで無事、全員のサインが並んだ記念の色紙は実現したのか。それを渡辺格氏らに確かめるのは、忘れた。

 「ノーベル賞の対象に工学部門があってもいいのでは」。授賞式の合間に、渡辺氏に尋ねた。

「工学と違って、基礎科学に経済的な見返りはない。だから、ノーベル賞のような名誉で報いられる意義があると思う」

 そんなものか、としか当時は考えなかったが、今思い返すと、なるほどという気がする。

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