小学生のころ読んだ本に、ある朝、わざわざ口の周りに卵の黄身をつけて登校する子供の話があった。卵を食べることなどめったにない貧乏暮らしだった主人公が、「どうだ、きょうは卵を食べたんだぞ」ということを級友に見せつけたい一心で…。そんな話だった。
次は、東宝の専務などを務めた西野文男さんという高校の先輩に聞いた話である。映画「あゝ野麦峠」(1979年、山本薩夫監督)を、東宝の宣伝担当として大ヒットさせた時、まずは地元の自治体や教育委員会から推薦をもらうために、次のように説得したそうだ。
「過酷な労働で病気になってしまった女工のために、友が卵を一個持ってくる場面があります。この地域にもちょっと前にはそんな時代があった、ということを生徒たちに教える意味は大きいはずです」
「あゝ野麦峠」の原作はノンフィクションで、時代は明治42年というから100年近く前のことになる。卵が貴重品だったのは理解できる。一方、編集者の読んだ本の話は、自分と同世代に近い小学生の話として受け取った記憶がある。自分はこれほど貧乏ではないが、大いにあり得る話だ、と。実際、当時、遠足などに持って行くゆで卵は結構なごちそうだった。
映画「あゝ野麦峠」が公開されたのは、社会人になって10年くらいたったころだから、そのわずか20数年後でしかない。卵もわずかの間に庶民が比較的簡単に口にできるようになったということだろう。
さて、今朝のNHKラジオの「ビジネス展望」というコーナーで、関満博・一橋大学教授が、興味深い地域振興例を紹介していた。
島根県雲南市吉田町の第三セクター「吉田ふるさと村」が、「おたまはん」という醤油を発売している、という話である。辛さを抑えた「卵かけご飯」専用の醤油、という。たまごかけご飯ブームのきっかけとなった商品だそうだ。
「吉田ふるさと村」は、この「おたまはん」に地元産の卵とコシヒカリを組み合わせた「卵かけご飯セット」という特産品販売などを中心に営業規模を拡大し、現在は60人の従業員をかかえる会社に発展しているという。
まず消費者が地方の特産品を取り寄せることに始まって、その土地を訪問するようになり、消費者と生産者の交流が深まる。雲南市吉田町の例は、地域再生、地域振興のモデルケース、というのが関満博・教授の評価であった。
いつもならこの時間帯は寝床に入ったままでラジオを聞くのが習慣だが、今朝は、起きて聞いたばかりの話の要点をメモしたという次第。