「社史フォーラム」という経団連主催の変わった会合に参加した。司会者によると「社史について語るのはおそらく初めて」という作家、井上ひさし氏の講演があった。
親しい浅草の古書店が廃業し、段ボール数十箱分の古書を格安で引き取ったところ、100冊以上の社史が含まれていた。それを読んで、面白さにとりつかれた、という。その中の一つをもとにして書いた小説もあるそうだ。
井上氏といえば、筆が遅いことでよく知られる。確か、現在、紀伊国屋サザンシアターで公演中の「私はだれでしょう」(こまつ座)も、脚本の完成が間に合わず、またもや初日延期となったのでは。
原稿用紙を上下2段に分け、上段にパクる外国作品のシナリオをまず写し、それを見ながら登場人物や場面、台詞などを適当に換えたものを下段に書き連ねて、“自作”を仕上げてしまう。いまの脚本家の中には、そんな芸当をする人すらいる、と親しい映画監督から聞いたことがある。
井上氏の筆が遅いのは、執筆作法が“マニュアル化”するのを、氏が拒否しているせいではないだろうか。だからあれだけ大量の作品を書いても「慣れる」ということがない、いや「慣れたくない」のでは。
ふと考えた。講演の話の進め方が、まさにそんな感じだ。予定時間を少しオーバーしていったん話を収めたが、「用意された話の半分もされなかったのでは。この後の時間割を変更するので、もう少し話を続けていただきたい」と司会者に促されたら、本当に演壇に戻り話を再開した。普通の著名人なら、こうはいかないだろう。
さて、多くの参加者が一番熱心にメモを取っていたのが、弁当配達業で急成長したある会社の社史に触れたくだりだった。ワンマン社長(と思われる)が、こういうことをすると会社は失敗する12カ条、というのを社史の中で書いているという。
「旧来の方法が一番いいと信じている」、「どうにかなるだろうと考える」、「もち屋はもち屋とうぬぼれる」、「いいものをつくれば売れると安心する」、「お客はわがままと考える」。
このあたりは、同感だと感じた人も多かったのでは、と想像する。
「高い給料を出せないから、と人を安く使う」、「機械が高いと言って、機械の代わりに人を使う」、「商売に人情は禁物と考える」。
これらについては「そうは言ってもねえ」と半分だけうなずく人もいただろうか。
「そんなことはできないと改善しない」、「稼ぎに追いつく貧乏なし、とやみくもに働く」
これらには「いるねえ。自分の周りにも」と…。
「ひまがない、と言って本を読まない」
こいつが、編集者自身には一番こたえた。