レビュー

編集だよりー 2007年1月20日編集だより

2007.01.20

小岩井忠道

 時折、冷たい小雨にさらされながらテニスで一汗かいたあと、都立大学駅前の台湾料理店で、昔の先輩、後輩記者仲間といっぱいやった。

 納豆の話になる。ダイエットに効くというテレビ番組で、店頭から納豆が消えてしまったという話題からだ。そこで編集者が、提供した話をひとつ。

 30年近く前、日本原子力文化振興財団が現地のスケジュール一切合切の面倒を見てくれた企画に乗って、新聞社、放送局の記者たちと旧ソ連の原子力研究開発状況を視察したことがある。

 為替レートが固定していた時代で、ルーブルの“通貨価値”が恐ろしく高かった。ただし、これは建前で、実質的には、肝心のモスクワ市内ですらルーブルの信用は惨憺(さんたん)たるものである。モスクワの町で、「ドルを買う」とすり寄ってきた男に声をかけられる人間が何人もいた。

 正規の通貨交換レートより、はるかに高いレートでルーブルと交換(ドルを高く買う)しても、ソ連内ではさらに高くドルが売れるから儲かるということである。しかし、外国人がルーブルを持っても、モスクワ市内で買いたいものはほとんどなく、高級品はドルでなければ買えない。経済に疎い人間には、全く理解困難な国情だった。

 さて、本題の納豆の話である。モスクワに向けて出発する前、社のモスクワ支局員に何か持っていくものはないか、たずねたところ「納豆菌」を持ってきてほしいという要請であった。当時、モスクワには豆腐も納豆もなかった。

 大手のメーカーである郷里、茨城の納豆メーカーに事情を話して頼んだところ、快く応じてもらえ、納豆の作り方まで丁寧に教えてくれた。はるかモスクワの日本人が食べたがっている、と聞いて悪い気はしなかったのだろう。

 研究室によくある胴の太い試薬ビンに入った納豆菌が、メーカーから届いた。モスクワの税関で見つかったら、まず没収だろう。納豆菌の説明などできるわけもないし。そう覚悟していたが、日本原子力文化振興財団が現地の調整を頼んだ元商社モスクワ駐在員の顔のせいか、税関での手荷物チェックは全くなかった。無事、支局員に届けることができ、おかげで喜んだその先輩記者から自宅に招かれ、一晩ごちそうにもなった、という次第。

 納豆菌は、生命力が弱く、ほかの菌がいるとやられてしまう。繁殖に適した温度範囲も狭い(わらに包まれているくらいの温度がまさにピッタリらしい)。従って、弁当箱のような容器をまず煮沸消毒、雑菌を殺してから煮た大豆を入れて、納豆菌を振り掛ける…。

 納豆メーカーの方から伝授された方法も、丁寧に伝えた。

 帰国後、「どうもうまくいかない」という連絡が、モスクワの先輩記者から一度あったので、再度、納豆メーカーの方を煩わせる。「煮沸消毒をきちんとやる。温度管理に注意して、あまり高くも低くもならない温度で。こたつの温度くらいがいい」という注意を聞き、伝えた。

 その後、先方からはなんとも言ってこなかった。数年後、帰国したこの先輩とはしょっちゅう社内で顔を合わせたが、納豆の話は出ない。何となく、こちらからも聞きそびれた。

 多分、納豆づくりには、失敗したのだろう。現地で手に入る大豆がよくなかったのか、モスクワの気候では、微妙な温度管理その他がうまくいかなかったのだろうか。

 こんな話で、盛り上がっていたころ、大阪では関西テレビの社長が「納豆がダイエットに効く」という番組の内容がねつ造だったことを認め、報道陣から激しく詰め寄られていたわけだ。

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