日経新聞朝刊に連載中の江崎玲於奈氏の「私の履歴書」は、17日、最初に入った会社から東京通信工業(後のソニー)へ移る際の「一悶着」を紹介していた。
すんなり退社が認められず「研究課から営業課に移籍するという懲罰的な人事」という「まさに“いじめ”」にあった、という。
「いじめとは1対1の問題ではなく、ボスが牛耳るグループが個人に嫌がらせをする行為である。私の場合ではボスは人事部長であり、グループは企業であった。集団志向の強い我が国では集団の暴力“いじめ”は学校の子供たちだけに限った問題ではない」
なるほど、と感服する。そういえばわが会社生活でも、周りに似たようなできごとはあった。
江崎氏に初めてインタビューしたのは、ニューヨーク郊外にある円弧(アーク)状のユニークなIBMワトソン研究所だった。氏が筑波大学学長に迎えられる前まで、研究生活を送っていたところだ。
ノーベル賞受賞学者の貴重な時間をあまりいただくのも、と何度かインタビューを切り上げようとしたのだが、なかなか話が終わらない。最後にいよいよ、と思ったら「家に来ませんか」とのお誘い。研究所から車でしばらくのところにあるご自宅に大喜びでお邪魔し、夫人の手料理までごちそうになる幸運に恵まれた。
だから、研究室と自宅と合わせて4、5時間、ひょっとするともっと長時間、ぶっ続けで話をうかがうことができたことになる。
江崎氏は、明るい印象を与える人柄のせいだろうか、そのときは抵抗なく耳に入ってきてしまうが、相当きついことを、さらりと言う。
今でも鮮明に覚えている言葉が、いくつもある。
「日本料理というのは江戸時代からほとんど進歩していない」、「現代社会で解決できない社会的な問題がたくさんあるのは、自然科学が急速に進歩したのに、人文・社会科学がさっぱり進歩しないから」などなど。
当時、江崎氏は毎月1回、読売新聞の1面に「ニューヨークから」という大型のコラムを書いていた。これがいつも面白く、楽しみだったが、特に文章力にすっかり感服していた。
「先生の文章はどうしてあのように上手なのか」。ちょうどよい機会なので、質問してみた。お世辞ではなく、真剣に。
「文章には相当、気を使っているつもりなんですよ。分かりやすく書かなければいけない、しかし、下品にはならないように、と」
この教えは、いまだに心に残っている。科学的な話はほとんど忘れてしまったが。