レビュー

編集だよりー 2006年11月26日編集だより

2006.11.26

小岩井忠道

 象潟(きさかた)という地名から、芭蕉を思い浮かべる人は少なくないかもしれない。しかし、芭蕉が「奥の細道」紀行で訪れたもっとも北の地ということを、恥ずかしながら知らなかった。

 26日、首都圏に住む象潟出身の方々が年に一度、集まる盛大な会合が、浅草の台東区民会館で開かれた。旧象潟町は1年前、仁賀保、金浦両町と合併し、「にかほ市」に生まれ変わった。横山忠長・にかほ市長(旧象潟町長)から、「にかほ大使」に任命するという委嘱状を20数人の1人としていただき、引き続いて行われた象潟会の大会にも招待されたというわけだ。

 芭蕉と象潟の関係も知らなかった人間が、なぜ「にかほ大使」に選ばれたかについては、話せば長く、かつ面白い話にはなりそうもないのでパスして、会場で仕入れた話を一席。

 にかほ市誕生を控えた昨年8月、象潟町合併50周年を記念して「島倉千代子ショー」が、象潟町民体育館で開かれた。予算不足のため、専属楽団を呼べる余裕がなく、バックはカラオケ。冷房はないので、大きな氷柱でささやかな涼をとる。こんな条件にもかかわらず、島倉千代子は3度、着物を変え、13曲を歌いまくり、ショーの後は、ぐったり、汗だくの姿でホテルへ直行ということだった、という。

 なぜ、こんな悪条件にもかかわらず、彼女が象潟のショーを引き受けたか。

 彼女には、象潟小唄(古賀政男作曲)という古い歌がある。町の注文で作られた歌なので、レコードは市販されていない。もちろん象潟では町歌のようにずっと歌い継がれている。完成時にデビュー間もない彼女が象潟を訪れ、この歌を披露したことを覚えている町民の熱意にほだされたNHKのOB氏が奔走し、この企画が実現したということだ。

 町に残っていたテープをもとにコロンビアが変調し、キーを落とした(当時の高音は無理なため)カラオケの伴奏で、この象潟小唄を2度歌うというサービスに町民は、大満足。40数年前、花束を渡した女性(当時は幼い少女)が、再び、登場し花束を贈呈という趣向もあって、島倉千代子も帰りの飛行機の中で、NHK・OB氏に「来てよかった」とうれしそうに話した、ということである。

 ちなみに日本各地の自治体が任命する「○○大使」と呼ばれる人間は、1万人いるという(延べ人数らしいが)。自治体からは「委嘱状」と「○○大使」の肩書きが刷り込まれた名詞をもらうほかは、当然のことながら無報酬である。

 大使たちは「全国ふるさと大使連絡会議」という組織を構成している。若いうちに郷里を離れて以来、会社人間を通し、ろくにふるさとのことを考えることもなく、あくせく生きてきてしまった。せめて、ふるさとの宣伝員として何がしかの恩返しを…。

 そんな思いを抱く人たちが作ったボランティア組織、と聞いている。

 ちなみに、島倉千代子を象潟に呼ぶため奔走した旧知のNHK・OB氏は、この「全国ふるさと大使連絡会議」の代表幹事なのである。ご本人は象潟出身ではない。

 編集者は、すでに郷里、水戸市長から「水戸大使」を委嘱されており、象潟大使は2個目の肩書きということになる。とりあえず会場で、6000円の象潟町史を送ってもらうよう注文しただけで、この先、何ができるか当てがあるわけでもない。しかし、島倉千代子のこんないい話に触れるという思わぬ経験ができたというだけでも、ありがたい1日だった。

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