レビュー

編集だよりー 2006年11月8日編集だより

2006.11.08

小岩井忠道

 オーケストラの弦楽器奏者たちは、1つの譜面を2人で見ている。ページをめくる役は、2人のうち客席から反対側に座っている奏者のようだから、多分、序列は指揮者に向かって最前列の客席に近い方が上で、次がその隣、続いて2列目の客席側、次がその隣となるのだろうか。ページをめくる。そんな役を、上席者がしそうもないから。

 さて、それでは何ページにもなる譜面の、ページの変わり目というのは、どのようにして決められているのだろう。

 昨夜、東京芸術劇場でブタペスト・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴く間、注意して眺めていた。

 最初の曲は、リストのハンガリー狂詩曲第2番である。終曲近く、ひときわ華麗な音が鳴り響く場面で、チェロの奏者が、大急ぎでページをめくるのを確認して、思った。

 演奏は途切れないのに、ページをめくらなければならないとなると、2人のうちの1人は、一瞬とはいえ、演奏を中断しなければならない。その瞬間、その弦(この場合チェロ)全体の音の大きさは、何もしなければ半分になるはず。

 チェロ全体で同じ音量を維持するには、ページをめくらない方の奏者が、その一瞬だけ2倍の強さで音を発しなければならない。実際に、そんなことを弦の奏者たちは要求されているものだろうか。

 こんなことを考えたのも、その日(7日)の日経新聞朝刊文化面に載った、柳田達郎氏(写譜職人)の署名記事に心を引かれたためだ。

 その中に「都内のあるオーケストラから、コンピューター入力の楽譜を書き直してほしいと頼まれたことがある。コンピューター入力の楽譜は見た目はきれいだが、演奏家にとっては読みにくいケースがあるのだ」と書かれていた。

 手書きで楽譜を写すという職業が、いまでも成り立つということ自体、驚きだったが、コンピューター入力の楽譜では演奏しにくい、といった事実には虚を突かれた。

 「1つの小節の中で音符の配列が完全に等分だと、両端が窮屈に見える」という1例が紹介されている。

 「演奏家の目と心を理解した写譜職人なら、音符の間隔を読みやすいように空ける」というくだりには、思わずうなずいてしまった。演奏家でもないのに。

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