2026年現在、約82億人といわれる世界人口は、40年頃に90億人を超えるとみられている。その結果、50年には穀物需要量が現在の1.7倍にまで増えると指摘されている。そのとき、食料は世界の隅々まで行き渡るだろうか。そうした問題意識を背景に、サイエンスアゴラ2025においてトークセッション「目指そう90億人の笑顔!“いただきます”を未来にも」が去年10月25日に開催された。化学農薬を使う代わりにレーザーで害虫を狙い撃ちして駆除する方法や、廃棄される食材を凍らせ粉末にしておいしくムダなく使う方法が紹介され、未来の農業と食料について参加者とともに考える機会となった。

取り組みは自然科学と社会科学の両側面から
セッションは、内閣府のムーンショット型研究開発制度の目標5「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」の一環として、研究開発を推進する生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN)が主催した。ムーンショットは、破壊的イノベーションの創出を目指した大胆かつ挑戦的な研究開発を推進する制度で、10の目標が設定されている。
冒頭、目標5プログラムディレクターの千葉一裕さん(東京農工大学学長)は、セッションに込めた思いとして研究開発の背景にある課題に触れた。世界の食料供給にはさまざまな課題がある。例えば、農業は環境にやさしいイメージがあるが、実際には化学肥料や化学農薬による土壌汚染、肥料の輸入時の温室効果ガス排出など環境に負荷をかけている面もある。また、世界では毎年、農作物生産量の3分の1ほどにあたる約25億トン分が廃棄されている。キズがあり販売できないこと、豊作で収穫しきれないことなどが理由だ。また、降水量の少ない地域では淡水の奪い合いも発生している。

千葉さんは「歴史を振り返っても、農業の発祥と同時に人々の間で格差が生まれた。農業におけるさまざまな課題には、自然科学と社会科学の両側面から取り組む必要がある。人口が増え続ける一方で、農地面積はこれ以上増やせない。科学技術を活用し、環境負荷を抑えながらいかに効率良く食料を生産するかが重要だ」と話した。

蛾の飛行パターンを解析、狙撃精度は90%以上
続いて、登壇者が2つのプロジェクトを紹介した。
日本(ひのもと)典秀さん(京都大学大学院農学研究科教授)らが取り組むプロジェクトは「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」だ。驚くことに、農作物の総生産量のうち42%が、害虫と病気と雑草により失われている。そこでプロジェクトでは害虫による損失の軽減に、化学農薬に頼らない手法で取り組んでいる。

取り組みのひとつは、幼虫期に農作物を食べてしまう蛾を1匹ずつ青色レーザー光線で撃ち落とす装置の開発だ。飛び回る蛾を単純に狙撃するのは難しいが、蛾の飛行パターンを解析し、次の瞬間に蛾がいる場所を予測することで、個体数ベースで90%以上の狙撃精度(100匹いたら90匹を撃てる)を実現した。

「すぐに諦めない」天敵で害虫被害ゼロを目指す
天敵のタイリクヒメハナカメムシを放って、農作物の汁を吸う害虫のアザミウマを減らす手法も紹介された。農薬の散布は、夏場に防護服を着ての重労働である。それに比べて、天敵を放つほうが農家の負担が少ない。プロジェクトに参画する世古智一さん(農業・食品産業技術総合研究機構植物防疫研究部門上級研究員)は、捕食対象のアザミウマがすぐに見つからなくても農作物に留まって定着する、「すぐに諦めない」性質を持つ個体を選抜。何世代も交配を繰り返して捕食効果を高めることに成功した。

また、「害虫ゼロ」ではなく「害虫被害ゼロ」を目指しているのも重要な点だ。害虫を絶滅させると生態系のバランスが崩れる可能性があるためだ。千葉さんが述べた「環境負荷を抑える」意味でも、人為的な介入の影響をできる限り抑える意欲が感じられた。
無駄になっていた食材とLNG冷熱を活用
古川英光さん(山形大学大学院理工学研究科教授)らは、地元山形県の企業とともに「低温凍結粉砕含水ゲル粉末による食品の革新的長期保存技術の開発」に取り組んでいる。

凍らせた後に水分を飛ばすフリーズドライではなく、食材の水分を保ったまま急冷して粉砕し、「凍結粉砕含水ゲル粉末」にする。これまでの凍結粉砕は、液体窒素を用いて零下196度で行われていたが、古川さんらは同80度でそれを可能にした点も大きな成果である。この手法では、野菜や果物はもとより、魚などの長期保存に向かない食材も粉末にして長く保存できる。

特徴は、液化天然ガス(LNG)の火力発電所と連携し、従来は無駄になっていたエネルギーを活用する点だ。火力発電の燃料であるLNGは零下160度に冷却された液体の状態で運搬・保管されている。発電時に熱を与えて気化させる仕組みだが、古川さんらはここで発生する冷熱を用いて食材を凍結粉砕する技術を確立。エネルギーを無駄なく活用できるというわけだ。
さまざまなステークホルダーとの協働により、含水ゲル粉末の用途を広げることにも余念がない。後述する地元の菓子製造企業とのラスクの共同開発や、料理人とのレシピの考案に取り組んでいる。「長期保存に向かず無駄になっていた食材と、未利用エネルギーとして課題になっていたLNG冷熱。2つの『もったいない』を活用することでフードロスが削減され、しかもおいしい」と古川さんはアピールした。
密に連携する生産者と和気あいあいの交流
両プロジェクトは、地域の生産者などと密に連携している。セッションにはそうした当事者らも招かれており、登壇者と和気あいあいとした雰囲気の中で交流した。日本さんと対談したのは茨城県で有機農業を手がける伏田直弘さん(ふしちゃん代表取締役社長)。

伏田さんの農園には120棟ものビニールハウスがある。その全てに害虫がいないか目を光らせ、駆除するのは大変な作業だ。一度ハウスに入ってきてしまうと、蛾はどんどん増えてしまう。伏田さんは害虫対策に苦慮する様子を見せながら「レーザー害虫駆除システムを導入し、最初の1匹をハウスに入られる前に撃退したい」と期待を寄せた。
古川さんは鈴木健太郎さん(大山製菓代表取締役社長)と対談した。大山製菓では、米の含水ゲル粉末から米粉ラスクを製造している。

大山製菓は山形の正月を彩る伝統菓子「初飴」を製造する、現在唯一の企業だ。以前は飴だけに専念していたが、鈴木さんの代で飴以外の製品を初めて手がけた。その1つが、米の含水ゲル粉末から作った米粉ラスクだ。「古川さんとの連携は思い切った決断だったが、会社の未来を考えると必要な挑戦だった」と鈴木さんは話す。

1日に3トンものマッシュルームを手作業で収穫しているという長澤大輔さん(舟形マッシュルーム社長)は、山形県舟形町からライブ中継で登場。マッシュルームの日持ちは通常2週間程度だが、含水ゲル粉末にすることで鮮度を保ったまま半年から1年ほど保存できるようになったという。また、「マッシュルームの風味も保たれるため、粉末を料理にかけるとトリュフの代わりにもなる」と古川さんとの連携により活用機会が広がったことにも触れた。

ムーンショット目標5では他にも6つのプロジェクトが進行中だ。冒頭で千葉さんが語った「人口が増え続ける一方で、農地面積はこれ以上増やせない」という現実や、農業が抱えるさまざまな課題をシビアに認識しつつ、未来でも私たちが十分においしく食べられるように、農家や企業と協力しながら多角的に研究へ取り組んでいる様子が伝わったセッションだった。
関連リンク
- サイエンスアゴラ2025「目指そう 90億人の笑顔!“いただきます”を未来にも」イベントページ
- 内閣府ムーンショット目標5
- 生物系特定産業技術研究支援センター ムーンショット型農林水産研究開発事業

