レポート

《JST主催》研究と“裁判”で考えた「ダークマター」の現在地 サイエンスアゴラ2024セッション

2024.11.12

サイエンスポータル編集部 / 長崎緑子・滝山展代

 宇宙空間を占める「ダークマター」(暗黒物質)。存在は知られているが、観測できておらず、世界中の研究者が探究している。正体がまだ分からないダークマターを追求する研究アプローチにはどんなものがあり、研究が進んだ将来にこの物質が世の中にどう関わっていくのか。10月26、27日に開かれたサイエンスアゴラ2024のセッション「ダークマター研究の未来 君ならどう挑む?」と「ダークマター裁判のゆくえ」で、その現在地を研究者と参加者が一緒に考えた。

登壇者と参加者はおそろいの黒いTシャツ

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)が企画した「君ならどう挑む?」。27日昼過ぎ、東京・お台場のテレコムセンタービル1階に、大人や子ども50人近くが黒いTシャツを着て集まった。ダークマターをイメージして用意したものだという。

 同じ黒シャツ姿で登壇した東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)の村山斉教授は、「光を出さないから見えず、光を吸うこともない。ダークマターは日本語では暗黒物質ともいいますが、透明物質のようです」と、ダークマターの概略や現在まで分かっていることを説明。参加者にダークマターのイメージを伝えた。

 村山さんによると、ダークマターは大きさでさえ、ニュートリノのような素粒子ほど小さいのか、それとも太陽といった天体ほどの大きいのかが分かっていない。それでも、最近は素粒子やそれより小さい波のような大きさではないかと考えられているという。

登壇者も参加者もおそろいの黒いTシャツで、ダークマターについて考えたセッション「ダークマター研究の未来 君ならどう挑む?」(10月27日、テレコムセンタービル)
登壇者も参加者もおそろいの黒いTシャツで、ダークマターについて考えたセッション「ダークマター研究の未来 君ならどう挑む?」(10月27日、テレコムセンタービル)

「探す」「つくる」「捕まえる」、どれを選ぶか?

 続いて、さまざまな研究が進行中のダークマターの専門家3人が登場し、「探す」「つくる」「捕まえる」というそれぞれのアプローチによる研究を紹介した。参加者はどの研究に関わりたいか選ぶという趣向をこらしている。

 最初のアプローチは、KEK量子場計測システム国際拠点(WPI-QUP)の茅根裕司特任准教授が「空を見上げてダークマターを探す」と題して研究をアピールした。チリ・アタカマ砂漠に設置した望遠鏡で遠くの宇宙から飛来するマイクロ波を観測し、宇宙がビッグバンを起こして火の玉状態になった頃の情報を得て、シミュレーションを駆使しながらダークマターの存在を探すというもの。火の玉状態の宇宙を「いろんな具の入ったみそ汁」に例えるなどして参加者を引きつけた。

 次は「加速器でダークマターをつくる」として、KEK素粒子原子核研究所の石川明正准教授が、加速器で実際に粒子をぶつけてそこから出てくる粒子を観測し、ダークマターが作り出された可能性を探っていることを紹介。世界屈指の加速器SuperKEKB(スーパーケックビー)など、茨城県つくば市のKEKにある加速器内の、大型の精密機械が立ち並ぶ写真で参加者を圧倒していった。

 最後に登場したのはニュートリノなどを観測するスーパーカミオカンデを擁する東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設の森山茂栄教授。「空から降ってくるダークマターを捕まえる」と題して、トンボを虫かごにとらえる話になぞらえ、キセノンを満たした装置中でダークマターを検出する「XENONnT実験」を説明。「身の回りを飛び交うダークマターを直接調べる」ことがイチ推しポイントだとアピールした。

研究者はスライドを使って参加者に自分の研究を説明した(10月27日、テレコムセンタービル)
研究者はスライドを使って参加者に自分の研究を説明した(10月27日、テレコムセンタービル)

スーパーカミオカンデの知名度とアタカマ砂漠の過酷さと

 参加者は2度の席替えを経て、どの研究者のアプローチに関わりたいか考えた。質問タイムでは、「加速器で衝突させた粒子を観測してダークマターがあるのが分かるのは、ダークマターが粒子と相互作用しないからですか」「アイスキューブ(南極地下でのニュートリノ観測プロジェクト)による探索も知りたい」といった、物理や宇宙への関心の高さがうかがえる質問が相次いだ。

 最後は登壇した3人が、「宇宙でダークマターを探している」「とてつもなく長い加速器で実験するかも」「より大きな検出器でダークマターを研究したい」などと研究の将来を語った。

 参加者が関わりたいと思う研究者のアプローチの結果は、1度目の席替えでは、巨大な加速器の画像を多用したプレゼンテーションが功を奏したのか石川さんの「つくる」がトップ。茅根さんの「探す」、森山さんの「捕まえる」が続いた。

 その後、3人が研究環境などの魅力を再度プレゼンし、2度目の席替えをすると、ニュートリノ研究を行うスーパーカミオカンデの知名度と「直接捕まえる」という夢のあるアプローチが関心を集めた森山さんの前に一番多い17人が並んだ。普通の観光では味わえないアタカマ砂漠の環境を魅力としながら、その紫外線の強さなど過酷さも紹介してしまった茅根さんのアプローチを選んでいた人のうち3人ほどが移動したような格好だった。

面白さを共有しようとする姿に打たれる

 筆者(長崎)がセッションで印象に残ったのは、ダークマターの専門家3人が目の前にいる参加者に必死で自分の研究をアピールし、そのアプローチを選んでもらえなかったら「今回は残念な結果でしたけど」と本気で悔しがっていたことだ。自分の研究対象を心から面白いと思い、その面白さを立場は関係なくみんなで共有しようとする姿に打たれ、斜に構えて仕事をすることが多い自分が少し恥ずかしくなった。そして、「科学記者としてこれからはもっと、『面白い』と思ったことを素直に記事に書こう」と心を新たにした。

    ◆

 ダークマターに関連し、名古屋大学が企画したセッション「ダークマター裁判のゆくえ」が26日の夕方に「開廷」した。宇宙船による航宙業務を請け負う事業を営む会社が、業務の発注者である宇宙開発会社を相手取り、民事訴訟を起こしたというシナリオだ。

宇宙船は何の力で引っ張られたか

 時は3025年。原告が被告から受注した業務のため、宇宙船で航宙していたところ、何らかの力によって船ごと引っ張られるのを船長が察知した。危険を回避しようと航路を大きく変更したことで、当初予定していなかった燃料費など追加の費用がかかった。そのため、発注側である被告にその増加分の追加費用を請求する訴えが、「航宙業務委託契約に基づく追加費用支払等請求事件」だ。

「傍聴人」も詰めかける中、開かれた「ダークマター裁判」(10月26日、テレコムセンタービル)
「傍聴人」も詰めかける中、開かれた「ダークマター裁判」(10月26日、テレコムセンタービル)

 裁判官役は、弁護士で法学研究科の上松健太郎准教授(応用先端法学)が務めた。素粒子宇宙起源研究所の北口雅暁准教授(素粒子原子核物理学)が書き下ろしたSF短編小説をベースに、上松さんが訴状・答弁書などの訴訟記録を準備した。そして、北口さんがダークマターについての科学的な専門資料を補充したものを、法学研究科の宮木康博教授(刑事法)が再構成して取りまとめた。裁判の「行く末」は、参加者に委ねられるものとなっている。

 参加者は同大特製の「弁護士バッジ」を付け、原告側と被告側の二手に分かれて主張を繰り広げた。原告は「力が加わったのはダークマターによるもの」と主張し、被告は「ダークマターの存在は認められない。観測結果を説明するための仮定に過ぎない」と真っ向から対立する。

 そこで裁判官から専門家の意見を聞くことを打診され、北口さんがダークマターについて「ダークマターは直接観測できていないが、その存在を仮定すると、今の物理理論とつじつまを合わせられる。一方、その物理法則自体が遠い宇宙でも成り立っているという保証はないかもしれない」と、最新の知見を踏まえて解説し、参加者は聞き入った。

被告側の「弁護士」に、ダークマターに関する研究の実情を伝える北口さん(10月26日、テレコムセンタービル)
被告側の「弁護士」に、ダークマターに関する研究の実情を伝える北口さん(10月26日、テレコムセンタービル)

原告と被告、白熱の議論の末に和解成立

 その後、時間をかけてチームで意見をまとめ、相手の言い分の矛盾や、天体の定義について議論した。原告が引っ張られた力は重力が働いたものだとして「重力の塊は天体。見つけられていない天体があった」と言うと、被告はすかさず「あらゆる場に重力があり、それらを毎回避けているわけではない。危険回避というが、そもそも危険な事態はなかったのでは」と応酬。原告が「もう(宇宙船は)帰ってきているので分からないです」と述べると、会場には笑いが起こった。

 終盤、被告が「事前観測調査をきちんとしなかったという『原告の義務』を怠った部分を減額して支払いたい」と申し出ると、原告も「被告とは今後ともいい関係でいたいからそれで良い」と応じた。これにより、被告は原告に請求額の半額を支払う和解が成立した。

 白熱した議論に、上松さんは「両者の主張は共に説得力があり、判決を書かないといけない立場ですごく悩んでいたので、和解が成立して、心からほっとしております」と述べ、会場は沸いた。一般的に、民事訴訟は和解で終わることも多いが、和解が成立しなければ裁判官は判決を書かなければならず、それなりの負担がある。

 セッションのまとめで、北口さんは「人間の能力には限界がある。分かっていることで決着を付け、みんなで法則を作り上げていくプロセスが科学。そうすると、科学は民事裁判だと思う。完全な正解を示せない部分は裁判に通じるものがある」と振り返った。

 宮木さんは「裁判においても自然科学の知見を紛争解決のために使うこともある。他方で、既存の知見を前提とするのではなく、議論することで発見があるのもまた裁判だ。今日の参加者の発言を聞き、物事の見方に新たな発見があった。裁判員裁判の魅力を再認識した」と感想を述べた。

 被告側の弁護士として参加した文京区の小学5年生の男児(11)は「算数と理科が好きで、天文学に興味があったので参加した。今分かっている科学は矛盾ばかりなんだと、科学の難しさを知れた。楽しかった」と話していた。

会場には六法全書と裁判官が法廷で着る「法服」が置かれ、参加者たちは興味深そうに触れたり、実際に着て記念撮影したりしていた(10月26日、テレコムセンタービル)

主張と反論の応酬にうなりっ放し

 筆者(滝山)はセッションのタイトルを最初に見たとき「宇宙で民事訴訟? 宇宙開発による損害賠償請求か?」と安直に思ってしまったが、そうではなかった。現実の民事訴訟の進行のように作り込まれていて、参加者が悩みながら編み出した主張と反論の応酬にうなりっ放しだった。自然科学と社会科学ーー両者は必ずしも別世界というわけではない。議論して問題を解決するという共通する楽しみ方を感じられたセッションだった。

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