レポート

AIやロボットは家事労働をどう変えるか、オンライン日英シンポで将来の姿を討議

2023.12.14

佐々木弥生 / サイエンスポータル編集部

 人工知能(AI)やロボットが普及すると仕事がなくなると心配したり、逆に新しい仕事や働き方の可能性が広がると期待したり、将来の姿はさまざまに論じられている。その一方で、家事や育児、介護などの無償労働とされる活動は研究の世界でもほとんど注目されず、未来を描くための基礎データも乏しかった。日本のお茶の水女子大学などと英オックスフォード大学はこの未開の分野に共同で取り組み、11月24日のオンライン国際シンポジウムで成果を発表した。

共同研究全体の枠組みの中で、日本側・英国側それぞれに調査を設計し研究を進めた(Zoom配信画面より、資料はオックスフォード大学教授エカテリーナ・ヘルトグ氏提供)

専門家は10年後に39%の家事が自動化と予測

 まず、研究プロジェクトの代表を務めるお茶の水女子大学教授の永瀬伸子氏が「英国側と日本側で、かなりワクワクしながら、ディスカッションして進めた研究の成果を紹介する」とシンポジウムの趣旨を説明した。

ルル・シー氏(Zoom配信画面より)
ルル・シー氏(Zoom配信画面より)

 最初の登壇者であるオックスフォード大学リサーチアソシエイトのルル・シー氏は、料理、買い物や掃除といった家事が今後どのくらい自動化されると予測するか、日英のAI分野の専門家65人に尋ねた調査結果を示した。家事の種類によりばらつきがあったが、平均では5年後に27%、10年後に39%の家事が自動化すると予測された。

 回答者の性別や国籍、あるいは大学・公的研究機関や企業の研究所、ベンチャー企業といった所属によっても回答傾向は異なっていた。英国では日本より自動化が進むという回答が多く、男性の方がより楽観的だった。他方、日本では逆に女性の方が、自動化がより進むと予測していた。シー氏は「日本の男性は自動化のコストが高過ぎると捉え、女性はそれだけのコストを払う価値があると捉えるために違いが生じている」と考察した。

架空の社会を想像して、何にロボットの手を借りるか

エカテリーナ・ヘルトグ氏(Zoom配信画面より)
エカテリーナ・ヘルトグ氏(Zoom配信画面より)

 続いて同大教授のエカテリーナ・ヘルトグ氏が、調査対象者が研究者から示された架空の状況を想像して回答を選ぶヴィネット(Vignette)調査について説明した。ヘルトグ氏の調査では、19歳から70歳までの9000人あまりの英国の人々(平均年齢45歳)に、近未来のスマートテクノロジーが普及した社会を舞台にした4つのシナリオを提示。回答者は、家事や介護を自分でするか、お金をかけてでもロボットや人間の手を借りるかなど、架空の社会で自分ならどのように行動するかを選んだ。

 結果、料理や洗濯、家のメンテナンスなどの家事は人間よりもロボットやアプリが好まれたが、介護については自分で担うか、さもなければロボットではなく人間の手を借りたいという意向が浮き彫りになった。性別の比較では、男性の方がロボットを使いたいという傾向があることが明らかになった。回答者の年齢や勤務時間はあまり結果に影響しなかったが、コストや生産性は重視されていたことから費用を抑えれば関心が高まることが示唆された。

女性はコストが高いと使いたがらない傾向強く

永瀬伸子氏(Zoom配信画面より)
永瀬伸子氏(Zoom配信画面より)

 英国の話を受け永瀬氏は、英国以上に男女の家事労働の時間差が大きい日本で行ったヴィネット調査の結果を紹介した。永瀬氏の調査では、料理、掃除などの家事ごとに数千人を対象とした。時間あたりの賃金や週あたりの労働時間などを変数として、例えば「自分は時給1000円で週60時間、配偶者は時給3500円で週15時間働いている。2歳の子の子育て中、介護はしていない」といった架空の状況を示して、ロボット利用の意向を聞いた。

 回答者の性別や家事の種類による違いを分析したところ、ロボットを利用したいという回答に男女差は見られなかったが、女性はコストが高いと使いたがらず、生産性を重視する傾向が強かった。永瀬氏は「社会規範のような価値観ではなく、雇用形態の差などからくる男女の賃金・労働時間の差が家事分業に影響を与えている」と考察した。また、料理や掃除などの家事についてはロボット利用に前向きな回答が多かった一方で、育児は配偶者の関与が好まれ、介護は自分や(ロボットではなく)人間の手を借りたいという回答が多いという結果も示した。

社会構造の変化を自動化によって埋めることができるか

福田節也氏(Zoom配信画面より)
福田節也氏(Zoom配信画面より)

 締めくくりの発表は国立社会保障・人口問題研究所室長の福田節也氏から。家事などの無償労働を行うことを「供給」、その恩恵にあずかりご飯を作ってもらったり着た服を洗濯してもらったりすることを「需要」として、社会構造が変化すると無償労働の需要や供給がどう変わるのかを予測した。

 日英の生活時間調査によると、両国ともに女性の方が多くの無償労働を供給し、乳児期・幼児期と老齢期の需要が大きくなっていた。日本の方が供給の男女差が大きく、英国の方が老齢期の需要の増加が大きいという傾向も見て取れた。その傾向は変わらずに人口構造だけが変化すると仮定して、2060年までの需要と供給の変化を推計したところ、日本では特に家事と育児の時間が足りなくなること、英国では家事や介護・看護の時間は足りなくなるが育児の時間は逆に余ることが分かった。

 そして、家事の種類ごとの自動化に対する意識調査のデータも合わせて、今後、性別や年齢層別に無償労働がどれだけ自動化されるかをシミュレーションした。両国とも需給の変化で生じるギャップを自動化によって埋めることができるが、日本では育児の時間を埋めきることはできないという予測を示した。

「新規のトピックでも、今後メジャーになる」

 研究メンバーは引き続き調査データの分析研究を進める。日英2カ国だけでなく他の国々で調査研究を展開する計画もあるという。メンバーは口々に、国籍やバックグラウンドの異なる研究者が協力して研究を進めてきたことについて、素晴らしい経験だったと語った。「多くの方々にとっては全く新規のトピックに見えると思うが、今後メジャーになっていく」と福田氏。シンポジウムで一端を発表した生活時間のシミュレーションなどの研究成果は、日本大学人口研究所に新たに作成されるWebサイトで公開するとのこと。

 シンポジウムの参加者は135人。参加者からは「こうした調査が世論を変えていくのだと思った」というコメントも寄せられた。今がまさに転換点なのだろう。

関連記事

ページトップへ