レポート

《JST主催》「新たなカテゴリー」で世界トップに挑む 大学ファンドシンポで激論

2023.01.19

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 政府は世界トップの研究水準を目指す大学を支援するため、10兆円規模の大学ファンド(基金)を創設した。意見交換を通じこの取り組みへの理解を深めようと、シンポジウム「大学ファンドを通じた世界最高水準の研究大学の実現に向けて」が昨年11月29日、科学技術振興機構(JST)主催、内閣府と文部科学省の共催で開かれた。都内の会場とオンラインを合わせ1000人ほどが参加し、関心の高さをうかがわせた。

世界トップ水準の大学をどう実現するか。激論が繰り広げられた=昨年11月29日、東京都千代田区の丸ビルホール
世界トップ水準の大学をどう実現するか。激論が繰り広げられた=昨年11月29日、東京都千代田区の丸ビルホール

振興パッケージで「トップ以外の大学も支援」

 ファンドはJSTが昨年3月に運用を開始した。運用益により、世界トップの研究水準実現の潜在力を持つ数校の「国際卓越研究大学」に年最大計3000億円を助成。全国の博士課程の学生を支援し、日本の研究力強化を図る。2024年度の助成開始に向け、卓越大学の公募が今年度末までの予定で始まっている。

 「優れた研究を現在している大学を選ぼうというのではなく、新しいカテゴリーに入っていこうとする大学を支援したい」「選ばれるトップ数校以外は見捨てられるのではとの批判もあるが、10兆円ファンド以外にもさまざまな支援が走っている」

 こうした発言でシンポジウムの口火を切ったのは、ファンド創設の議論に深くかかわってきた内閣府総合科学技術・イノベーション会議常勤議員の上山隆大氏。創設が明らかになって以降、学術、教育界などから期待と共に、さまざまな疑問の声も起こっている。これらへの回答を交える形でファンドの狙いを語った。「このファンドは年3000億円(の運用益)でトップ大学を支援する形ではあるが、『地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ』と連動した施策だ。文科省と内閣府はトップ層以外への支援も真剣に議論してきた」と説明した。

上山氏
上山氏

 2004年の国立大学法人化以降、運営費交付金の減少は年約1600億円に及んでいる。こうした中、地域の中核大学や特定分野に強い大学を強化しようと、政府は振興パッケージを打ち出した。今年度第2次補正予算に盛り込まれたほか、来年度概算要求でコア予算658億円、他の関連予算と合わせ1700億円規模となっている。上山氏は「大学ファンドが大きな注目を浴びているが、振興パッケージとほぼ一体だ」と強調し理解を求めた。成長分野をけん引する大学や高等専門学校の機能強化に向けた基金も紹介した。

 上山氏の講演のキーワードとなったのが「新しいカテゴリーの大学」という言葉だ。従来とは全く異なるカテゴリーで大学を考える大学を支援するのが、文科省と内閣府の共通認識だという。その中身は何か。

 上山氏は日本の大学の現状や課題を、次のように概説した。(1)トップの大学でも海外トップ層と成果創出などの格差が極めて大きく、新たな支援が必要。(2)研究者の支援が貧弱。(3)海外トップ層は大学院中心の組織体で、学部に縦割りにされている国内の大学院は張り合えない。(4)海外トップ層では財務のプロがアドミニストレーション(経営管理)にあたっている。(5)真の大学の自治は執行部が自ら考え、財務構造を分析し自力で勝ち取る必要がある。(6)国際性を高めるため、海外の大学と競争して有能な研究者やスタッフを招く必要がある。

 新しいカテゴリーの大学はこれらを踏まえたもので、「これまでの運営費交付金や競争的資金の枠組みではできず、このファンドでしかあり得ない」と、創設に踏み切ったという。「現在、卓越していると思われる大学でも、これに参加しようと思わなければ(ファンドとしては)共に歩む必要はない」と念を押した。

「政府の成長戦略の重要政策」と強調

 続いて文科省大臣官房審議官の木村直人氏がファンド創設の経緯や仕組み、振興パッケージを解説した。岸田文雄首相は2021年10月の臨時国会の所信表明演説で、成長戦略の第一の柱が科学技術立国の実現だとした上で、ファンド創設を言明している。このことに触れ「政府の成長戦略の中の重要政策だ」と強調した。

 木村氏は日本のトップ論文数順位の低下、博士号取得者数の伸び悩みといった厳しい現状を指摘。「相対的な研究力低下の一因として、諸外国の大学のファンドの充実がある」とした。米ハーバード大学、スタンフォード大学などが運用益を活用し、研究基盤や研究者支援を充実させているという。今回のファンドはこれらをモデルにしたと説明。データを示しながら必要性を説き「わが国全体の研究力強化に努めたい」とした。

(左)木村氏、(右)松尾氏
(左)木村氏、(右)松尾氏

 続くパネルディスカッションの冒頭、進行役の上山氏から「全くのアドリブで」と突然、指名され登壇したのは内閣府科学技術・イノベーション推進事務局長の松尾泰樹氏。「日本経済を大きくし雇用を増やし、賃金を上げなければ。そのためには高度な人材をしっかり育て、外国人をきちんと受け入れ、スタートアップ(新興企業)を生んでいく必要がある。新しい産業構造を生むプラットフォームが卓越大学であり、スタートアップの支援だ。ここが本当に正念場。地域の中核大学もしっかり支援する。岸田政権は『誰一人取り残さない』としており、頑張っている大学は絶対取り残さないとの思いだ」と語った。

「『時間を買った』ファンド契機に変革を」

 パネルではファンドへの思いや大学を取り巻く状況の認識、改革への思いが活発に語られた。

 「当初はこのファンドに懐疑的だった」と明かしたのは、大学や教育改革などに関する政府委員会の経験が豊富な、フューチャー会長兼社長の金丸恭文氏。金丸氏は「税金で10兆円のファンドを作り、運用益を大学に提供するのは『上げ底』だと思った。というのも、世界のキャッシュリッチなトップの大学は、基本的にはその若い研究者や卒業生の仲間がリスクを取って起業し、そこに大学ファンドみたいなものが投資してコラボレーションをし、結果的にキャッシュリッチになっている」と解説した。海外のこうした大学は、あくまで内発的なエネルギーで発展してきたというのだ。

 金丸氏は続けて、現在の認識を語った。「今から大学がベンチャーを輩出してリターンで基金を積み上げていくには、相当に時間がかかる。だから私は、今回のファンドは『時間を買った』と思っている。これがきっかけになり、大学の中で変革が起きることが重要。今までの延長線上の微修正でファンドが使われてはいけない。その大学がトップレベルの研究者、企業家をどれだけ輩出するかが大切だ」

(左)金丸氏、(右)川合氏
(左)金丸氏、(右)川合氏

 自然科学研究機構長の川合眞紀氏は「大学に期待値があるわりに、国はこれまでシケたお金しか出してこなかった。しかし今回、かなり思い切った施策を国が考えた」とファンドを評価した。日本の大学に欠けるものとして、フレキシビリティー(柔軟性)を挙げた。例えば「大学には、優れた人材を輩出する役割があり、学生の視点で考えると、自ら学び、生き方を開拓する力を持つことだ。しかしこの国の教育では一本道を進むことがデフォルトになり、途中で迷いが生じた学生は大変で、フレキシビリティーがない」と提起した。

 川合氏は運営費交付金の制約にも触れた。「例えば、大学は入学定員が管理されていて、サボって駄目な学生がいなくなっても運営費交付金が減ってしまう。大学ファンドでは、今までの適正でない縛りを外す提案をしてほしいといわれている。全部外すと何ができるか、期待している」

「私の大学はこうなる」思いの一致が肝心

(左)山崎氏、(右)橋本氏
(左)山崎氏、(右)橋本氏

 4月に設立される福島国際研究教育機構の理事長に就任する山崎光悦氏は、自身が学長を務めた金沢大学が2017年度に文科省「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)に採択され、研究所の新設などに取り組んだ経験を紹介した。「世界トップレベルの研究をしっかりやっていくという、研究者の大切なモチベーションになった」と効果を強調した。

 山崎氏は卓越大学の課題として「現在の大学組織を置いたまま、ガバナンスをどう変えていくのかは一番、大事なポイント。“特区”を作るのか、あるいは今いる人たちも含め全体で変わろうとするのか。私の大学はこうなるぞと皆の思いが一致し、どのくらいのスピード感でやれるかが一番肝心だ」と投げかけた。

 このほか国内の大学の連携、入学試験の評価のあり方、基礎研究の重要性、博士号取得者の活用、海外出身研究者の定着など、多岐にわたり意見交換が行われた。

大学関係者らが多数詰めかけ、関心の高さがうかがえた
大学関係者らが多数詰めかけ、関心の高さがうかがえた

 閉会挨拶に立ったJST理事長の橋本和仁氏は「実は私も計画の最初から関わっていた」とし、3点をアピールした。(1)研究力とは何か。例えばトップ論文数を増やすなら、一番分かりやすいのは科研費(科学研究費助成事業)に(運用益を)全部、注ぎ込むことだ。毎年3000億円が入れば科研費は倍になり、確実に論文数は上がると思う。しかし世界の変革の中で、論文数を上げるだけではダメだろう。いろいろな議論の中で大学ファンドを作った。(2)卓越大学に指定された大学が自分だけではなく、他大学と連携して日本全体の研究力を上げることを期待する。(3)指定大学に対するリクワイアメント(要求)は極めて厳しいものになる。

効果波及し、社会の活力高めていくか注目

 何かにつけて元気がないといわれる、昨今の日本社会。大学の研究力低下も、指摘されて久しい。シンポジウムでは、ファンド創設の当事者が不安や疑問の声にも向き合い、丁寧に説明する姿勢が感じられた。このファンドは一部の大学やその研究者に利するだけでなく、効果を広く波及させる狙いがあることが伝わった。

 その志の通り、大学が元気になることで日本が学術、産業の競争力を高め、人々の知的好奇心を紡ぎ、社会の活力を高めていくだろうか。また、こうした未来がかかった巨額のファンドがいかに安全に運用され、長期に利益を生んでいけるのか。社会が関心を持ち、見つめていくことが大切だ。

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