レポート

《JST主催》ヒトに近づくロボットは「人間とは何か」を再認識させる サイエンスアゴラ2022から

2023.01.18

池辺豊 / サイエンスポータル編集部

 科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ2022」で昨年11月6日、「映画『イヴの時間』から考えるロボットと人間の今とこれから」と題するトークイベントが開かれた。近い将来、高度な人工知能(AI)を搭載したロボットがわれわれと共存するようになると何が起きるだろうか。4人の専門家が多角的に議論した。

 登壇したのは2010年公開のアニメ映画「イヴの時間 劇場版」で原作・脚本・監督を担った吉浦康裕氏、コミュニケーションのデザインを研究する京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授、人の助けが必要な「弱いロボット」を開発している豊橋技術科学大学情報・知能工学系の岡田美智男教授、科学技術と社会の相互作用が専門の東京大学未来ビジョン研究センターの江間有沙准教授。

人間とロボットの関係は…。ステージで熱い議論を交わした(左から)吉浦さん、岡田さん、塩瀬さん、江間さん=東京都江東区のテレコムセンタービル
人間とロボットの関係は…。ステージで熱い議論を交わした(左から)吉浦さん、岡田さん、塩瀬さん、江間さん=東京都江東区のテレコムセンタービル

 「イヴの時間」は2008年に吉浦さんがウェブアニメとして制作した。ヒト型ロボットが実用化されて間もない近未来を舞台に、人間とロボットの関係性を問いかけて話題となり、再編集したものが劇場公開された。吉浦さんは2021年、AIの転校生を描いた学園アニメ「アイの歌声を聴かせて」も送り出している。

 トークは「イヴの時間」のシーンを切り取る形で、「ロボットが人間の創作や仕事に入り込んでくることは脅威なのか?」「ロボットに気を利かせてほしいか?」「ロボットと仲良くなりたいか?」の3点について、4人がそれぞれ見解を披露した。

(左)吉浦さん、(右)江間さん
(左)吉浦さん、(右)江間さん

 まず、ロボットは人間の仕事を奪うか。吉浦さんは「(人間の)仕事がなくなる脅威は、創作分野でもフィクションではなくなってきた」と切り出した。江間さんは「脅威ではあるが、ピンチはチャンス。新たな仕事も出てくるだろう。例えば目的を設定するのは人間で、実行するのはロボットとか」と別の視点を提示。塩瀬さんは「電車の改札業務が切符切りから自動改札、チケットレスになってきたが、決めているのは人間だ」とさらに新たな視点を追加した。岡田さんは弱いロボットを引き合いに出して「ロボットを助けることで子どもの心を養えるのではないか。この感情移入は全世界共通」と語った。単純な悲観論は無用という雰囲気が前面に出ていたようだ。

 次に、ロボットに気を利かせてほしいか。吉浦さんは「人間がロボットをどう扱うか分かっておらず、機械は機械と割り切っていないうちは葛藤が生じる」と難しさを述べた。岡田さんは「距離感を持った接し方だといいが、それがずれるとうっとうしくなる」と微妙な違いを挙げた。自動運転車が引き合いに出され、事故寸前でどう判断しても犠牲者が出る緊急事態が起きた場合、江間さんは「こういうクルマに乗りたいか聞くと、人はたいていノーと言う」とロボットの判断を超えるケースが生じることを指摘。塩瀬さんは「結局は、人間が社会制度を決めている点に突き当たる」と、やはり人間の問題に帰する可能性を掲げた。

(左)塩瀬さん、(右)岡田さん
(左)塩瀬さん、(右)岡田さん

 そして、ロボットと仲良くなりたいかどうか。江間さんは「ロボットの裏側に誰かいるか分からない怖さがある」と本質的な気味悪さに言及。塩瀬さんは「ロボットが好きであっても仲良くなりたいとは限らない。(巨大な)ガンダムと(癒やしの)ペットロボットでは受け止め方が違う」と例示した。吉浦さんは「この映画のように、限りなく人間に近い存在になったにしても、異質な存在と認めて最適な環境を築くことが1つの着地点」と、似て非なる物の位置づけを強調。岡田さんは「ロボットと歩調が合い、心がつながるような瞬間があるといい」と新たな世界に思いを馳せた。

 こうした議論を踏まえ、岡田さんは「3Dの(ネット上の仮想空間の)メタバースで人間のアバターと自律エージェント(ロボット)が混在する世界が近づいている」と近未来を予測。塩瀬さんは「SFで語られたことは20~30年後に世の中に出てくる。この映画は(制作の)10年後にそうなってきたので、どんどん加速している」と急速に変わりつつある現実を捉えた。江間さんは「今後の社会や倫理、法律を議論する土壌は整ってきている。大事なのはブレーキをかけるのではなくハンドルだ」と、人間主導の明確な方向性を打ち出した。吉浦さんが「AIはハードウエアのフィードバックの影響を受ける。ハードの向上で性能が上がっていくだろう」と結んだ。

 議論の合間にはアンケート機能を持つウェブサービスを使って会場やリモートの参加者の意見を求める機会が何度も設けられ、来場者とリモート参加者の意識をリアルタイムで連動させる試みがあった。全体の議論の流れとしては、ヒトに近づくロボットはそれ自体の機能向上のほかに、「人間とは何か」を再認識させる働きがある、というものだったと思う。

トークを終えて記念撮影
トークを終えて記念撮影

 サイエンスアゴラの期間中にちょうど劇場公開されていたSF映画「アフター・ヤン」の世界では、人種が異なる家族に加えてヒト型のベビーシッターロボット、さらに人間のクローンまで混在し、自動運転車がごく普通に家族を送り迎えしていた。このような近未来が到来したら、「人間とは何か」を何度も反芻(はんすう)しながら考えることになるだろう。

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