レポート

《JST主催》「人々の幸福」に向けて、未来をつくる<総括 ミレニア>

2022.03.16

関本一樹 / JST「科学と社会」推進部、齋藤瞳・月岡愛実 / 挑戦的研究開発プログラム部

 どんな未来をつくりたいですか?―皆さんならば、この問いにどう答えるだろうか。2021年1月から7月までの半年間、科学技術振興機構(JST)の「ムーンショット型研究開発事業 新たな目標検討のためのビジョン策定(ミレニア・プログラム、以下「ミレニア」)」のもと、自らが実現したい2050年の未来像や、そのロードマップの明確化に心血を注いだ若き研究者たちがいる。この難題に挑んだ21人のリーダーと、その仲間たちの奮闘を紹介したい。

新型コロナなど社会情勢の変化に対応

 ミレニアは20代〜40代までの次世代を担う若手研究者などを軸に構成された21チームが、自らが実現したい未来像を具体化・精緻化すべく調査研究に臨んだ。筆者はその運営にあたったJST職員で、社内の有志15人とともに「コンシェルジュ」として調査研究に伴走した半年間を振り返りながら、筆を取らせてもらっている。

 まずは少しだけプログラムを紹介させてほしい。

 内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発制度」は、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する事業だ。超高齢化社会や地球温暖化問題などの重要な社会課題に対して、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)などが人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標)7つを決定。2021年2月から研究開発がスタートしている。

 このムーンショット型研究開発制度のもとで実施されたミレニアは、大雑把にいうと新たなムーンショット目標を策定するためのプログラム。トップダウン的に設定された先の7目標とは対照的に、新型コロナウイルス感染症の拡大などによる社会情勢の変化に対応すべく、若手研究者らの柔軟なアイデアを起点にボトムアップ型で目標を定めるところが特徴といえる。

 2020年9月から公募がスタートし、ありがたいことに提案件数は129にも上った。その中から採択された21チームが、半年間の調査研究で「実現したい未来像」の解像度を上げることに挑んだ形だ。加えて、その実現に向けて立ちはだかるボトルネックや、解決に必要な科学技術的課題や研究開発テーマなども見いだしてもらった。

ムーンショット型研究開発事業におけるミレニアの位置付け(内閣府資料をもとにJST作成)

要素は「わくわく」「想像力」「説得力」

 新目標策定の検討に用いられたムーンショット目標の要素は「Inspiring(わくわくするものか)」「Imaginative(想像力をかき立てるものか)」「Credible(説得力のあるものか)」の3点。これらを踏まえながら、ムーンショット型研究開発事業が目指す「Human Well-being(人々の幸福)」の実現に資する新目標を策定するプロセスが、ミレニアだった。

ムーンショット目標策定の考え方・基準(内閣府資料をもとにJST作成)

 個人的には、ミレニアに採択された全てのチームが「Human Well-being」という共通のゴールを目指していたことが重要だったと考えている。全ての人々に共通する「幸福」を目指すからには、あらゆる立場や価値観への配慮が必要となる一方で、その交点も見いだしていかなければならない。

 実際、各チームは積極的に自らの分野を越えてインタビューや議論を展開し、ときには他のチームとの連携も模索しながら、徹底的に多様な視点へと触れる努力を重ねていた。その中では、思いも寄らぬ厳しい指摘や、ともすれば真っ向から否定する意見を浴びせられたチームも少なくない。多様な視点に触れたことが新しい発見に富む貴重な経験となったのはいうまでもないが、一方ではとても苦しい半年間でもあったと思う。この場を借りて、各チームの奮闘に心から敬意を表したい。

チームに寄り添ったVLとコンシェルジュ

 ミレニアでは、調査研究の成果を最大化するための新しい試みもいくつか取り入れられた。その筆頭が、4名の有識者を「ビジョナリーリーダー(VL)」として委嘱したことだ。トヨタ自動車株式会社 前代表取締役社長の渡辺捷昭さんを総括に、日本の製造業の雄である株式会社堀場製作所 代表取締役社長の足立正之さん、青色LEDの発明によるノーベル物理学賞受賞で知られる名古屋大学 教授の天野浩さん、アメリカで起業家として成功を収めたS&R財団 理事長の久能祐子さん、そうそうたるメンバーである。

 VLは評価者としての関与だけでなく、各チームの悩みなどへ親身に寄り添うなど、調査研究をメンター的に支えた。多忙を極める中での献身ぶりには、忖度なしに頭の下がる思いが幾度もした。次世代のリーダー候補たる21チームのメンバーたちも、先駆者の情熱や使命感に触れたことで、心に期するものがあったのではないだろうか。

調査研究を支えた4名のVL

 加えて、極めて恐れ多い限りだが、VLとともに各チームを支える存在と位置付けられていたのが私たちコンシェルジュだ。チームリーダーたちと同世代の若手を中心とした有志のJST職員が、3人1組になって各チームを担当。困ったときの相談窓口として予算管理などの事務面はもちろんのこと、インタビュー先を一緒に探す、壁打ち相手として議論に加わるなどの形で、フラットに調査研究をサポートさせてもらった。有志を募る形での社内リソースの活用はおそらくJST初の試みで、嵐のような半年間で私たちコンシェルジュが培ったものも非常に大きかったように思う。

 このほかにも、VLが講師としてその半生を紹介し、各チームの調査研究へのヒントや刺激を与えることを目的としたセミナーなども催した。VLから語られた金言の数々は、調査研究へのインプットだけにとどまらず、各人の中長期的な活動にも大きな示唆を与えたと感じている。

 そして6月には、スペシャルゲストとして台湾のデジタル担当政務委員を務めるオードリー・タンさんを招いた特別セミナーも実施。同世代の世界的リーダーと直接意見を交わしたことが、各チームの構想をより飛躍・深化させることへとつながったように思う。

 このように、調査研究の中で世代・立場・経験・価値観などの異なる、実に多様な視点へと触れながら、21チームは半年間を走り抜けた。

スペシャルゲストのオードリー・タンさんは、新しいアイデアの実装には3つの「F(FAST〈素早く〉、FAIR〈公平に〉、FUN〈楽しく〉)」が重要と説いた

「まさに総合知の実践だった」

 多様な視点へと触れたことについて、1つのエピソードを紹介したい。調査研究の最終盤に差し掛かった7月上旬、あるチームリーダーより筆者宛に1通のメールが届いた。法学の世界に身を置く彼は、これまでに自然科学系の研究者と深く交わった経験がほとんどなかったそうで、自らのチーム内でさえ存在する「さまざまな違い」に苦しんだという。それでも限られた期間で互いの価値観を尊重し、より多くの人々から共感を得られるような1つの未来像を紡ぎ出せたことは、かけがえのない経験だったと語ってくれた。彼はこの経験を振り返って「まさに総合知の実践だった」と述べている。

 「総合知」とは、2021年春にスタートした第6期科学技術・イノベーション基本計画において「人文・社会科学の『知』と自然科学の『知』が融合」したものとして掲げられている概念だ。もって人間や社会の総合的理解と課題解決に資することを狙いとしている。つまるところ、ミレニアのように人々の幸福に資する未来像を描き出し、その実現に向けて山積する社会課題を解決していく過程では、文理の壁を越え、あらゆる知を結集していく必要があるとする考え方だ。実際、ある自然科学系のチームリーダーが「技術的課題を突き詰めていったら、社会システムのあり方から再考しなくてはならなくなった」と吐露していたことからも、その一端が見えた気がしている。

 ミレニアは、総合知を念頭に置いたプログラムではなかったことを念のため申し添えるが、図らずもこうした社会の期待にも沿うようなチャレンジであったと、振り返りながら感じている。それはつまり、21チームが総合知の実践者的に培った経験は、総合知のあり方を今まさに模索し始めた社会にとっても、貴重なノウハウの蓄積になったといって良いだろう。

「極端気象制御」と「こころ」が新目標に

 ミレニアの成果は、7月17・18日の2日間にわたる調査研究報告会で公となった。調査研究報告書とともに、報告会のアーカイブ動画を公開しているので、ぜひともご覧いただきたい。

 21チームが描き出した未来像は、うち5つがもととなる形で、CSTIが最終的に2つの新たなムーンショット目標を決定した。

 新目標の内容にも少しだけ触れておきたい。1つ目は「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現(ムーンショット目標8)」。台風や豪雨など極端気象の強度・タイミング・発生範囲などを変化させる・制御することで被害を軽減し、幅広く便益を得ることを目指すものだ。

ムーンショット目標8:台風や豪雨など極端気象による風水害の脅威からの解放を、目指すべき未来像に掲げる(内閣府資料より)

 もう1つは「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現(ムーンショット目標9)」。人々の対立や孤独、うつの低減などを通じて、こころの安らぎや活力を増大させる技術・サービスの確立を目指す。

ムーンショット目標9:精神的に豊かで躍動的な世界を目指すべき未来像に掲げる(内閣府資料より)

16の未来像も多様な社会への提案

 新たな2つの目標は、その実現に向けてプロジェクトマネージャーの公募がいよいよ始まった。その進捗に、1人でも多くの方に関心を持ってもらえたら、関わった者としてこの上なくうれしく思う。

 一方、残された16の未来像も、多様な価値観を踏まえて描かれた社会への提案であり、各チームには今後もその実現に向けた歩みを進めてほしいと願っている。

 結びに、多様な視点を取り入れながら調査研究を行ったことについて、濃淡はあれど、多くのチームリーダーがその難しさ・苦しさを語っていたことを伝えておきたい。同時に、その重要性について口をそろえていたことも、見逃してはならないだろう。

 ミレニアのプロセスは、今はまだ困難で物珍しいチャレンジだったかもしれない。しかし、これからの社会が形作られていく中では、今回のような総合知的なアプローチが当たり前に行われていくことを、心の底から期待している。

企画協力:筑波大学人文社会系助教 秋山肇、JST挑戦的研究開発プログラム部

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