最近、新聞やテレビでSDGs(持続可能な開発目標)という言葉を見聞きしない日はない。さまざまな取り組みがなされているが、個人にできることはあるのだろうか。
その手がかりを示したのが、「サイエンスアゴラin札幌」(札幌市・科学技術振興機構=JST=共催)である。「SDGsと科学技術〜私たちの生活とのつながり〜」というテーマを掲げ、1月10日にオンラインで開催された。生活に身近な視点から、科学技術によるSDGsへの貢献を目指す研究者たちの取り組みの報告と議論が行われ、終了後には関連するトークセッションも開かれた。
「エネルギー」の上手な使い方から想像する未来の街
「熱」の話と題して、最初に話題提供したのは、北海道大学大学院工学研究院准教授の能村貴宏さん。「エネルギーの質について考えたことがあるでしょうか」と切り出した。エネルギーの質とは、電気(正確には、仕事)に変換できるエネルギー量のこと。質が高いほど、電気として使える量は多い。
さまざまなエネルギーは最終的に熱になる。また、エネルギーの50%以上が加熱や冷却など熱エネルギーとして使用されているといい、熱は人の生活に欠かせない。ところが、質が低い。今後もエネルギーをうまくやり繰りするためには、熱を無駄なく使えるようにしなければならない。そこで、能村さんは蓄熱技術を探求している。
そうして開発されたのが、蓄熱材「h-MEPCM」である。砂粒のように小さいマイクロカプセルだが、普通の蓄熱材の10倍もの熱を貯められるうえに、運んだり利用したりしやすいという。熱の有効活用でエネルギー問題の解決に挑む能村さんは、「みなさんは、どのようにエネルギーを使いたいですか? どんなエネルギー社会をイメージしていますか?」という質問で締めくくった。
サンゴ礁の島の「水」から考える自然と人との関わり
「みなさん、朝ごはんは食べましたか? その食材を、全部書き出してみましょう」と問いかけたのは、琉球大学人文社会学部准教授の高橋そよさん。専門は生態人類学・環境民俗学、なかでもエスノ・サイエンスを扱ってきた。エスノは「民族の」という意味で、エスノ・サイエンスは、各地に生きる人々の生業と自然との関わりから得た知の体系を探求する学問だ。高橋さんは、サンゴ礁の島の素潜り漁師たちの培ってきた技術や自然観、知恵を研究している。
サンゴ礁の島では、雨水の約40%が地下へと浸透する。川はほとんどない。そのため、湧き水は貴重な資源であり、祈りの場、生業の場、生活の場となっていった。しかし、現在は地下水や湧水の枯渇、土壌(赤土)や生活排水の流出によるサンゴ礁の劣化など、さまざまな問題を抱えているという。そこで、高橋さんは、課題解決のため、研究者や地域住民と共に、自然科学や地域環境史の知見を生かしたプロジェクトを立ち上げ、活動を続けている。
冒頭の問いかけを繰り返し、「その食材は、どこの、どんな人が、育てたり獲ったりしたのかを考えてみてほしい」と締めくくった。朝ごはんをきっかけに生産者や産地に思いをめぐらせることは、個人ができるSDGsの第一歩かもしれない。
テクノロジーが作り出す「食」と社会での受容
近年注目されている培養肉。これは代替肉の一種で、動物から取り出した細胞を培養して作られる。世界的な人口増加に伴う食糧不足を解決する手段のひとつとして期待されている。その培養肉を切り口に話題提供したのが、弘前大学人文社会科学部准教授の日比野愛子さん。社会心理学の観点からテクノロジーの社会的受容について研究している。
培養肉の生産技術が素晴らしいとしても、食べたい人もいれば食べたくない人もいる。日比野さんの研究グループが実施したアンケート調査では、食べたいと回答した人たちは、細胞のように生命か否かわかりにくい対象も生命と捉えていることがわかったという。日比野さんによると、人は不自然なものを食べたがらないというから、納得の結果である。「重要なのは、それぞれの心理や意見の背後にある、世界の見方、自然と人との捉え方を丁寧に見ていくこと」と、日比野さんは指摘した。
「培養肉がどのようなものだったら食べてみたいでしょうか」という日比野さんの問いかけに答えることで、自分の文化的背景や生命観を見つめてみたい。
SDGs未来都市である札幌市の取り組み
札幌市は、2008年から「環境首都・札幌」として積極的に環境問題に取り組み、2018年には内閣府によって「SDGs未来都市」に選定されている。目下の課題は温室効果ガスの削減で、2050年におけるゼロカーボンを目指している。その取り組みを牽引しているのが、札幌市環境局環境政策担当係長の佐竹輝洋さんだ。
「札幌や北海道というエリアを考えると、環境問題とは、経済問題であり社会問題でもある」と指摘。そして、「暖房で灯油やガスをたくさん使う【環境】」→「二酸化炭素がたくさん出て地球温暖化が進む【環境】」→「異常気象が増えて、水害や農作物の不作などの被害が増える【経済】」→「経済損失や失業者が増える【経済】」→「都市と地方との経済格差が広がる【経済】」→「豊かな都市部への移住者が増える【社会】」……と、例を挙げた。環境は経済や社会と切り離せないからこそ、「気候変動対策を行うことで、環境、経済、社会に良い影響を与えられると考えて、取り組んでいくことが重要」と考えている。
「SDGsの視点で『どのように地域を豊かにできるか?』をみんなと一緒に考えていきたい」と、佐竹さんは結んだ。
続くパネルディスカッションでも、「地域」「風土」「文化」「対話」という言葉が印象に残った。筆者にとって、地球規模の課題は、地域の課題に置き換えることで、SDGsがぐっと身近になり、風土や文化に解決のヒントを見つける、関係者と対話を重ねながら協力していくという、筆者に欠けていた視点も得られた。改めて、4人のパネリストからの問いかけを考えてみたい。
毛利さんが語る脱スパイクタイヤをめぐる科学技術コミュニケーション
サイエンスアゴラの終了後に開かれたトークセッションは、北海道余市町出身で宇宙飛行士の毛利衛さん(科学技術振興機構参与)が「白い雪と脱スパイクタイヤの挑戦〜北海道の社会課題解決事例」をテーマに講演した。
1980年代後半、さっぽろ雪まつりの雪像は赤黒く、洗濯物は汚れ、目や喉の痛みを訴える人もいた。この環境問題に取り組んだのが、北海道大学・山科俊郎教授の研究室である。メンバーの一人が毛利さん。真空表面科学の研究に使用する装置を用い、雪に混じった黒い粉塵を分析した。その結果、粉塵は道路アスファルト、スパイクタイヤのゴム、スパイクの金属から構成されていることがわかったという。
環境や健康を害する粉塵を放置すべきではない。そこで、毛利さんは、判明した事実を市民やメディアに訴え、行政や警察、弁護士の協力を得て、スパイクタイヤの規制にこぎつける。その取り組みはメーカーをも動かし、スタッドレスタイヤの技術革新へとつながった。
研究者として原因を解明し、市民として地域の課題解決に奔走した毛利さん。「科学技術で解決できること、それ以外の分野で解決できることがあり、そこを結ぶための科学技術コミュニケーション」という言葉に、SDGs達成への手がかりがありそうだ。
関連リンク
- 札幌市Webサイト「サイエンスアゴラ in 札幌『SDGsと科学技術~私たちの生活とのつながり~』」
- サイエンスアゴラ in 札幌「SDGsと科学技術~私たちの生活とのつながり~」(YouTube)
- 毛利衛トークセッション「白い雪と脱スパイクタイヤの挑戦〜北海道の社会課題解決事例」(YouTube)