レポート

「公正中立な立場で助言できる組織を」 日本学術会議が常設の感染症委員会設置を提言

2020.07.27

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大が止まらず、国内でも再び感染拡大の様相を見せている。さまざまな対策をめぐる議論のあり方が問われる中で、日本学術会議が公正中立な立場で必要な施策を助言できる常設の「感染症予防・制御委員会」の設置を求める提言を7月3日に公表した。日本の科学者の代表機関とされる同会議の山極壽一(やまぎわ・じゅいち)会長(京都大学総長)と、提言をまとめた分科会の秋葉澄伯(あきば・すみのり)委員長、糠塚康江(ぬかつか・やすえ)幹事の3人が20日、日本記者クラブ(東京都千代田区)主催の記者会見で提言の目的や狙いなどを説明した。

 記者会見は日本記者クラブの会議場と3人をテレビ会議でつなぎ、記者はオンラインでも参加できる形式で行われた。提言内容の説明に先立って山極氏は世界がコロナとどう向き合うかについて「人類はこれまで感染症に見舞われてきたが、克服して今の社会を築き上げてきた。新型コロナウイルスも必ずや征服できる」などと強調した。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡画像(米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)提供)
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡画像(米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)提供)

「まず地球環境を壊さないこと」

 著名な人類学者、霊長類学者でゴリラ研究の第一人者でもある山極氏は「“コロナ後の世界”」と題して所見を述べた。「これから有効な対策を考える上でいくつか考慮しなければいけないことがある。まず地球環境を壊さないことだ。地球は無数のウイルスを含めてバランスを取っている。地球環境を壊すと未知のウイルスが現れて感染拡大させてしまう」。こう指摘した上で「我々が生きていくためには人と人のつながりを断ち切ることはできない。これを保つためには衣食住を失わず、人としてふさわしい生活をしていかなればならない。国際的な共同体制も必要だ」などと語った。

 山極氏は最も懸念することとして、コロナ禍と向き合う中で「他者との分断により共感力が失われること」と指摘。「共感は人類と類人猿を分ける最大の違いであり、共感なくして(コロナと立ち向かう)幸福な社会の構築はない」と力説した。

 また、日本学術会議のCOVID-19に対する取り組みを紹介しながら今回の提言に至った経緯などを説明した。そして「手探り状態である現在の対策に物申すというではなく、今後この感染症と付き合っていく上で重要な対策を提言した」と説明している。

京都大学からテレビ会議で会見した山極寿一氏(日本記者クラブ提供)
京都大学からテレビ会議で会見した山極寿一氏(日本記者クラブ提供)

 この日の会見で改めて紹介、解説された提言は「感染症の予防と制御を目指した常置組織の創設について」と題し、日本学術会議の「大規模感染症予防・制圧体制検討分科会」がまとめた。分科会は弘前大学特任教授・鹿児島大学名誉教授の秋葉氏が委員長を務め、東北大学名誉教授の糠塚氏ら10人で構成された。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーでもある舘田一博東邦大学医学部教授ら医学や看護学の専門家のほか、法学者や計算機科学者も参加した。

17の任務を明記し、保健所機能の強化求める

 提言はまず、感染症予防・制御委員会を常設の助言組織として内閣府に設置することを求めている。委員会の役割は、平時から学術的・専門的知見に基づき、国民への保健・医療提供や保健・医療関係者などの安全の確保などの現状を検討し、公正中立な立場で必要な施策を策定・助言する役割を負うとしている。

 この委員会の任務として「国内侵入阻止、流行の予防と拡大阻止」「感染者・患者の同定と感染制御、国内外の流行状況の把握・流行予測」「病原体検査体制整備・強化、医療資源の計画的備蓄、感染症医療提供とその体制」「保健・医療従事者の安全・健康・福祉の保護」「診断・治療薬およびワクチンの開発・生産・備蓄」「感染源・感染経路対策」「リスクコミュニケーション、社会不安・社会的差別の防止のための情報発信など」など17の項目を挙げた。

 提言によると、委員会は主に公衆衛生学・臨床医学・基礎医学などの専門家で構成されるが、専門部会を設置し、必要に応じて経済、社会、法律分野の専門家が入る部会も設けるとしている。そしてこの委員会の役割を明確に定めた。「内閣は委員会が提示する案を基に、具体的な対策を政策的判断で決定し、内閣の責任において一元的に感染症対策に当たることとする」

 メンバーは科学の専門家を中心として、内閣と責任分担を明確にしているのも特徴だ。都道府県ごとに知事に助言を与える専門家の常設組織を設置することも提言。メンバーは、保健所長のほか感染症分野の専門家、医師会・主要医療機関の代表などが入ることが望ましいとしている。

 COVID-19の国内感染の拡大に伴って、地域の保健所の負担が増えている問題が指摘されている。提言は「全国の保健所の1割では、1名の保健所長が複数の保健所長を兼務している」などと厳しい実態を指摘した上で「保健所業務を担う人材確保・育成が急務であり、明確に国および知事の責務として位置付ける必要がある」などと、保健所機能の強化を求めた。

対策に厳しい評価も

 山極氏は「(現在の)対策に物申す目的ではない」と語ったが、提言にはこれまでの政府の対策に対する手厳しい評価も記されている。「緊急時に必要な包括的医療提供体制が整えられていなかった」「感染症指定医療機関・感染症協力病院の基準病床数の見込みが少なすぎた」「専用外来を設置するための人員が不足していた」などと指摘し、事前の準備に課題があった、との見解を示している。

7月3日に公表された提言の表紙
7月3日に公表された提言の表紙

 山極氏に続いてこの提言をまとめた分科会委員長の秋葉氏が発言した。「科学の経験に学んで現状を分析し、将来の脅威について考えることが重要だ」と強調した。また提言のポイントを説明する中で「感染症に関するデータセンターを設立し、オープンサイエンスを促進する環境を整えるべきだ」と語っている。保健所の機能強化については、保健所医師や医療技術職員の確保・育成、保健所長会の基盤強化や法制化などの具体策を挙げた。

 分科会幹事の糠塚氏は2013年に公表された日本学術会議の「科学者の行動規範」にある「科学者コミュニティの助言とは異なる政策決定がなされた場合、必要に応じて政策立案・決定者に社会への説明を要請する」とのくだりを紹介した。今回の提言もこの行動規範に沿ったものであるという。またパワーポイントを映しながら、感染症対策と移動の自由・集う自由の2つは二者択一ではなく、2つを何とか両立させて危機を避ける努力を続けることの大切さを強調した。

テレビ会議形式で会見に臨んだ山極氏(左上)、糠塚康江氏(右上)、秋葉澄伯氏(左下)(右下は司会者である筆者)(日本記者クラブ提供)
テレビ会議形式で会見に臨んだ山極氏(左上)、糠塚康江氏(右上)、秋葉澄伯氏(左下)(右下は司会者である筆者)(日本記者クラブ提供)
7月20日の記者会見の様子。会見した3人はテレビ会議形式で参加した。感染防止対策のため、記者は日本記者クラブ(東京都千代田区内幸町)の会見場からとオンラインで質問した(日本記者クラブ提供)
7月20日の記者会見の様子。会見した3人はテレビ会議形式で参加した。感染防止対策のため、記者は日本記者クラブ(東京都千代田区内幸町)の会見場からとオンラインで質問した(日本記者クラブ提供)

政府と独立して意見表明する場も必要

 会見では3人の説明などの後、質疑応答も行われた。

 中央と地方の政策判断のあり方や大学病院の役割に関する記者の質問に対し、医学部付属病院もある京都大学の総長でもある山極氏が答えた。「日本は縦割り組織だが、政策は一貫していなければならない。地方の権限も関連してくる。その場合、知事の判断に直結する(地方での)専門家組織も重要だ。地方には大学もある」「大学病院は地域によって対応は違っている。例えば山梨大学病院はものすごく対応した。各大学の対応は知事の要請によっても異なってくる。対策は日本の中で(一つに)決まっているわけではないので、大学病院の対応もばたばたしたところがあるが、地元の要請があればそれに応えるのが(大学)病院だ」

 政府と専門家会議との関係について問われた秋葉氏は、以下のように答えている。「今回のように新しい感染症が起きた時は短時間で一つの意見にまとめるのはなかなか難しい。政策を立案する小委員会を複数つくりそれぞれに対策を検討してもらい、それらを(提言した)感染症予防・制御委員会がその時点で適切と考えられる選択肢を政府に示すということもできるだろう。政府が直接意見を聞く専門家の場だけでなく、政府とは独立して意見を表明する場があってもいいと提言に書いている」

 また感染症対策と移動の自由の関係をどう調整するか、という難しい問題についてあらためて問われた糠塚氏は個人的な見解とした上で「私は憲法を専攻しているのでとりわけ移動の自由や集まる自由に厳格になるかもしれないが、これらが制限されると人々の経済活動も停滞して生存権が侵されるという問題がある。移動の自由、集まる自由があって市場経済が成り立っているので、まずは身体的な自由を回復することが重要な政策課題だ。(感染症対策との兼ね合いを)話し合う場をどう保障するか、はほとんど全ての国民に共通する思いだろうから、国会が開かれて国会で審議されることが順当ではないかと個人的には考える」と丁寧に答えていた。

 日本国内の医療機関や保健所などの現場は7月下旬に入り、日々確認されて報告される感染者が増えて再び厳しい状況になっている。提言内容とこの日の会見での説明やコメントは多くの示唆に富んでいた。

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