レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第94回「米国における科学技術人材について」

2020.03.09

長谷川貴之 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー

長谷川 貴之 氏
長谷川 貴之 氏

 米国は世界最大の科学技術大国です。その高い科学技術力を支えているのは、多様で優秀な人材です。そのため米国では、科学、技術、工学、数学(STEM)の教育レベルを高めるとともに、世界から優秀な学生を惹きつけ、科学技術人材として確保することが政策的にも重視されてきました。

 こうした米国の科学技術人材に関する諸状況について、全米科学理事会(NSB)が最近発行した統計レポート「科学工学指標2020」は、「初等・中等教育」、「高等教育」、「労働力」の観点でデータをまとめています。本稿では、同レポートからいくつかの興味深い点をピックアップしてみたいと思います。

初等・中等教育、STEM支援を優先課題に

 米国の初等・中等教育課程はK-12と呼ばれ、幼稚園(Kindergarten)から高校を卒業(12年生)するまでの期間を指します。多くの学校は州や地域が運営する公立校で、教育を受ける機会の平等と支援、多様性が重視されています。近年ではイノベーション創出や国際競争力確保のための人材育成という観点から、K-12の段階からSTEM教育を支援することが政策的な優先課題の一つとされるようになってきました。

 米国の第8学年(概ね13〜14歳)に相当する学年層の科学スコアの国際比較では、19の主要先進国・地域のうち、米国は9位に位置しています。ここでは、必ずしも米国が世界トップレベルというわけではないようです。他方で国内では、社会経済的状況や人種・民族により、STEMの達成スコアに差が見られる状況も続いています。引き続き、全体的な教育レベルの底上げとともに、教育格差を是正してより多くの生徒にSTEM学習の機会を提供することが、長期的な科学技術力の向上のために重要とされています。例えば、高校でSTEMを履修した生徒は卒業後、理工系分野へ進学する傾向があることや、高卒で就職する場合も、より高度な技術職に就く可能性が高くなることが報告されています。

国際数学・理科教育動向調査(TIMMS)における平均得点(2015年)
国際数学・理科教育動向調査(TIMMS)における平均得点(2015年)

高等教育、留学生の伸びは停滞

 一般的に、米国の学生は法学やビジネスを学んで企業の経営幹部を目指し、理工系にはあまり優秀な学生が行かないともいわれてきました。高度な科学や工学の能力を持つ人材を確保することは、国の科学技術力はもとより、産業競争力や安全保障にも密接に関わってきます。こうした背景も踏まえ米国の大学では、教育プログラムの改善など、理工系の学位を取得する学生を増やすための取り組みが進められています。

 2000年以降、毎年の理工系分野の学位授与数は学士、修士、博士とも増加傾向にあり、2017年はそれぞれ68万人、21万人、4.6万人でした。学位全体に占める理工系の割合も同様に増えてきています。また、米国の大学は世界で最も多くの留学生を受け入れており、理工系分野を学び、研究する外国人学生も多くなってきています。ただし最近、その伸びは停滞する兆しを見せ始めています。原因の一つとして、中国をはじめとする新興国の高等教育水準が高まり、自国での学位取得が増えてきているという国際的な傾向が指摘されています。今後とも米国の大学が国際的な人材獲得競争において優位を維持できるかが注目されます。

米国の大学に在籍する留学生数
米国の大学に在籍する留学生数

労働力、理工系の約2500万人が活動

 労働力の集計方法はさまざまですが、理工系分野の就業者数では約700万人、理工系の学位保有者数としてみると約2500万人が米国で活動しています。また、高卒や準学士のレベルも含む高度技能職(skilled technical workforce)には1700万人が従事しており、産業技術を支える重要な労働力となっています。

 理工系分野の就業者のうち、外国籍者の割合は、全体(学士以上)で約30%、博士号保有者に限れば40%以上を占めています。コンピューターサイエンスなど、博士号保有者の50%以上が外国籍という分野もあります。米国で博士号を取得した外国人学生の多くは、卒業後米国で就職先を確保し、さらに5年後、10年後に米国に留まって働いている率も高いことが分かっています。これは、米国で高等教育を受けた外国人が、米国の経済に貢献していることを示すものといえます。

米国の分野別理工系職業における外国籍者の割合(2017年)
米国の分野別理工系職業における外国籍者の割合(2017年)

 以上はあくまで統計の一部ですが、初期の教育課程からのSTEM教育と世界中の人材を惹きつける大学が、米国で活躍する科学技術人材の基盤となっていることが垣間見えます。一方で、この先グローバルな潮流の中で、米国の科学技術人材ひいては科学技術力がどのように動いていくか、目を向けていくことも重要になると思われます。

参考資料:National Science Board, Science and Engineering Indicators 2020
(本文中の図は同資料をもとにCRDS作成)

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