レポート

「培養肉」は未来の食卓にたくさん並ぶか—《JST共催》「培養肉」って、どういうもの?「培養肉」に期待するものは?〜情報ひろばサイエンスカフェ〜

2019.08.02

前尾津也子、写真は同部・石井敬子 / 「科学と社会」推進部

「あなたは、どんな肉料理が好きですか?」
2019年7月19日の金曜日に開かれた今年度2回目の「情報ひろばサイエンスカフェ」(主催:文部科学省 共催:JST)は、そんな和やかな問いかけで始まった。

 今日のテーマは「培養肉」。培養肉とはどういうものか?果たして培養肉は、私たちにとって必要なのか?今回、講師を務める東京大学大学院特任助教の島亜衣さんと東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長・教授の清水達也さんを交え、カフェの参加者と活発な意見交換が行われた。

満席の情報ひろばサイエンスカフェ(文部科学省主催)
満席の情報ひろばサイエンスカフェ(文部科学省主催)
ファシリテーターの日下葵さん(左)と濱田志穂さん(右)
ファシリテーターの日下葵さん(左)と濱田志穂さん(右)

培養肉は本物の「肉」を目指す

 大豆などを原料とする豆腐ハンバーグのような「代替肉」とは違うのか?そんな疑問に応えるためにまず、ファシリテーターを務める科学技術振興機構(JST)の濱田志穂さんが培養肉の説明をした。

 代替肉が豆腐製品や大豆タンパクなどを使い、食感を肉に近づけた代用品であるのに対し、培養肉は本物の「肉」を目指しているという。牛など動物の筋肉から幹細胞を取りだして培養し、肉そのものを製造するのだ。

 世界の人口の増加に伴う食糧需要の増大、食の質の変化、そして穀類の需要に対する供給不足など、生産と消費の不均衡などから、国連食糧農業機関(FAO)によると、2050年にはタンパク質が足りなくなる可能性があるという。これは「タンパク質クライシス」と呼ばれ、培養肉はこのタンパク質クライシスの一つの解決策として注目されている。

 世界の培養肉の研究に目を向けると、アメリカ、オランダ、イスラエル、シンガポールなどに研究の拠点があり、すでにハンバーガーなどに使われるミンチ肉の開発が進んでいる。多くの国々が、ミンチ肉の製造に注力しているのに対し、日本国内ではステーキのような厚みのある肉を製造する挑戦をしている。では、日本の培養肉を作りだす最先端技術とはどのようなものだろう。

培養肉を作りだす日本の最先端技術とは?

 講師の島さんは、「肉が食べたい!」と思う人の欲求に応えらえるような、味にも匂いにも食感にもこだわった「本物の肉」を目指したいという。まずは、コラーゲンなどゼリー状の物質に筋肉細胞を混ぜて、型押しして作ったモジュールを重ねることで筋繊維のそろったステーキのような培養肉の実現を追求している。

筋繊維のそろった肉を培養する方法を説明する島亜衣さん
筋繊維のそろった肉を培養する方法を説明する島亜衣さん
ウシ骨格筋細胞から作製した組織(東京大学大学院情報理工学系研究科 竹内研究室提供)
ウシ骨格筋細胞から作製した組織(東京大学大学院情報理工学系研究科 竹内研究室提供)

 一方、清水さんは将来の食糧危機やタンパク質クライシスの可能性を知り、家畜に穀類を食べさせて肉を作るシステムに問題があると考えたそうだ。食肉生産システムをサステナブル(持続可能)なものにするためにはどうすれば良いか。医学博士でもある清水さんは、専門の再生医療の知識と技術を「食肉」へ応用することに着目した。

 清水さんは薄い細胞シートを何重にも重ねることで、培養肉を製造する研究をしている。現在は牛の細胞から肉を再生することに注力しているが、将来的には穀物栽培と家畜飼育に替わる食糧生産システムとして、光があれば簡単に培養できる藻類から抽出した栄養素を用いて、動物細胞を増やして食料とする可能性も検討しているという。

再生医療を活用した「培養肉」について語る清水達也さん
再生医療を活用した「培養肉」について語る清水達也さん
新たな食肉生産システムを表す模式図(東京女子医科大学先端生命医科学研究所清水さん提供)
新たな食肉生産システムを表す模式図(東京女子医科大学先端生命医科学研究所清水さん提供)

「培養肉」について、質問が相次ぐ

 ここで、この日の参加者から事前に聞いていた培養肉について知りたいことを、島さん、清水さんに質問した。聞き手はもう1人のファシリテーター、JSTの日下葵さん。みんなが気になる質問を次々に取り上げていく。

 「実験で作った培養肉は、実際に試食できるのでしょうか?」という質問に対し、島さんは次のように答えた。「作ったものをぜひ食べてみたいという気持ちはありますが、現時点では2つの理由から試食することはできません。1つは現在の製造材料が食品として許可されていないこと、もう1つは倫理上の問題です」。実験で作った培養肉を試食することは人体実験となり、倫理審査やその審査基準をどうするかなど、課題が多いという。

 「1頭の牛から、どれくらいの量の培養肉が作れるのでしょうか?」という質問には、清水さんが回答した。「推定ですが、1頭の牛から日本の1年間分の牛肉の必要量は確保できるのではないでしょうか。無限ではありませんが、(生きた細胞から作るので)牛を殺さずに肉を供給することも可能となるでしょう」。

 このほかにも、「培養肉は牛肉だけですか?」「内臓は作らないのでしょうか?」といった質問が続いた。培養肉は高級品の牛肉で先行しているものの、海外では、カモ肉、鶏肉、魚類などがすでに対象となっているそうだ。また、培養肉と同様に、フォアグラやハツといった内臓系の開発も技術的には可能だという。

培養肉にあなたは何を求めるか?

 4人ずつ各テーブルを囲んで、いよいよディスカッションタイムに入った。テーマは「培養肉に何を求めるのか」。学生、会社員、公務員、その他さまざまなバックグラウンドを持った人たちが自由に意見を交換しあう。島さん、清水さんも各テーブルを回りながら、積極的に議論に参加した。それぞれのテーブルで出された話題はとても多彩だ。

イメージ図(東京大学大学院情報理工学系研究科 竹内研究室提供)
イメージ図(東京大学大学院情報理工学系研究科 竹内研究室提供)
グループディスカッションに参加する清水さん
グループディスカッションに参加する清水さん
グループディスカッションに参加する島さん
グループディスカッションに参加する島さん

 「培養肉の安全性に不安がある」という声があがる一方、「培養の過程をきちんと記録して品質を保証すれば、無菌で培養するので、食中毒なども防止できて安全ではないか」といったコメントも出ている。

 タンパク質クライシスに関しても、「培養肉が貧困や飢餓の解消につながると良い」という意見もあれば、「人口が爆発的に増加するかは疑問。出生率は低下する可能性もあり、食肉生産が追いつかず、タンパク質が不足するとは言い切れないのではないか」との指摘も。

 「同じ値段、同じ質なら天然の肉の方が良い」、「培養肉は作るのも、受け入れるのも大変」、「果たして、培養肉の需要はあるのだろうか」といったコメントも出された。また、だからこそ「ステーキを目指したのでは、ステーキには勝てない。単に牛肉に代わるだけでなく、例えば、無菌で生食用になるなどの特徴がほしい」「コラーゲンが多いとか、糖尿病の人でも食べられるとか、普通の肉にないプラスアルファがあれば良い」など、積極的なアイデアも示された。

 熱心なディスカッションの中で、さまざまな意見が飛び交い培養肉についての疑問や不安、そして課題や期待が語られた。多様な意見は、培養肉を研究開発する島さんや清水さんにとっても新たな気づきにつながったようだ。

 島さんは、「培養肉は単純に今の肉に置き換わるものではなく、より経済的、よりヘルシーなどの特徴を持つ新しい選択肢のひとつとして提案していきたい」とコメントした。また、清水さんは、「免疫不全などで通常の食事がとれない人でも食べられるような無菌の肉の開発は、医療としての食につながる」と締めくくった。

 参加する人が自分の仕事、専門分野や立場を超え、自由に発言して新たな気づきを得る。それこそがサイエンスカフェの面白さで、未来社会の創造に向けた原動力となるのではないだろうか。

(「科学と社会」推進部・前尾津也子、写真は同部・石井敬子)

グラフィックレコード(ギジログ)の前で、講師の島さん(左)と清水さん(右)
グラフィックレコード(ギジログ)の前で、講師の島さん(左)と清水さん(右)
グラフィックレコーディング/培養肉とは?たんぱく質クライシスとは?(ギジログ1)
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グラフィックレコーディング/食肉文化のうつりかわり(ギジログ2)
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グラフィックレコーディング/未来のお肉 培養肉への質問(ギジログ3)
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グラフィックレコーディング/培養肉に関するグループワーク(ギジログ4)
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 サイエンスカフェをまとめたギジログ(「ギジログガールズ」の加藤麗子さんと高良玉代さん記録)

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