レポート

《JST共催》科学と社会の新しい関係を探る「シチズンサイエンス」ワークショップ開催

2018.06.20

サイエンスポータル編集部

 科学者が専門家としてかかわってきた科学の世界に一般の市民が参加する「シチズンサイエンス」で、新しい科学や社会をつくることができるのか——。科学と社会のこれからの姿を語り合うワークショップ「シチズンサイエンスから共創型イノベーションへのNext Step」(科学技術・学術政策研究所、科学技術振興機構主催)が6月18日、東京都千代田区の学術総合センターで開かれた。

専門家の「科学」に一般市民が参加するシチズンサイエンス

 科学(サイエンス)は近代以降、おもに専門家としての職業科学者がつくってきた。素人には、かかわる余地がない。ところが、この科学の世界に一般市民(シチズン)が参加する流れが、20世紀末ごろから世界的に強まってきた。この動きや、そうして生まれる科学を「シチズンサイエンス」という。国の第5期科学技術基本計画でも推進がうたわれている。しかし、その目指すべき方向の合意は、科学者にも社会にもない。この現状を受け、シチズンサイエンスの具体例をもとに現状や問題点を洗い出して、その推進やイノベーションに向けた課題を探ってみよう。それがこのワークショップの趣旨だ。

写真1 3人の話題提供者とともに科学と社会について考えた「シチズンサイエンス」ワークショップ(学術総合センターで)
写真1 3人の話題提供者とともに科学と社会について考えた「シチズンサイエンス」ワークショップ(学術総合センターで)

 国立天文台でみずから手掛ける「市民天文学」の試みを紹介したのは、特任専門員の臼田-佐藤功美子さん。ハワイ・マウナケア山にある「すばる望遠鏡」が撮影して公開している銀河の形を、天文学の研究者ではない一般の市民に分類してもらうことを計画している。膨大な画像データの分析に市民の手を借りることで、研究者だけでは進められない学術的な成果を生み出そうというシチズンサイエンスだ。

 こうしたシチズンサイエンスは、従来から広く行われている基本形だ。珍しい野鳥を見つけたら写真に撮って研究者に報告する。見たこともない外来生物を報告する。市民は研究に協力するが、代表的な科学的成果物といえる「論文」を書くのは、あくまでも専門の研究者だ。

たんに市民が「参加」するだけでは、科学の形は変わらない

 このタイプの意義を認めつつも、あえて疑義を呈したのは首都大学東京の大澤剛士准教授だ。「今はこのやり方が主流。だが、その先にイノベーションはない」という。研究費が潤沢にあれば不要なはずのボランティア「市民」を、無料の便利な労働力として使っているだけではないか。その是非はさておき、これでは旧来型科学の概念を一新することにならない。

 プロの科学者が主導して市民が協力する——。「これでは、旧来の科学をシチズンサイエンスの名で組み替えたにすぎない」。科学としての頭脳はひとつで、それに手足として市民が参加するこのやり方では、たくさんの頭脳を持ち寄る「集合知」の可能性は開けないと大澤さんは指摘した。

「共創」したいなら大きな目的の共有が大切

 ワークショップのタイトルにもある「共創」は、科学技術基本計画には出てくるが、辞書にも載っていないなじみの薄い言葉だ。この「共創」について、産業技術総合研究所の江渡浩一郎主任研究員が説明した。「共創」と「協働」は似た言葉だが、まったく違うのだという。一緒に働けばお互いのよいところが生かせて、これまでにない優れた製品や知識が生まれるというのが「協働」。これは従来からある考え方で、完成品がおおよそ予想できる。それに対し、「共創」には具体的な個別目標の設定は無益で、従来の考え方にとらわれない人たちが目的をあいまいにしたまま集まり、これまで発想したこともなかったものを創造する。馬車にモーターをつけようという発想が「協働」で、部品などを含めてゼロからスタートすることが共創型イノベーションなのだという。

 江渡さんは、共創型イノベーションを生む場として「ニコニコ学会β(ベータ)」を運営した経験をもとに、科学への市民の参加をこうした「共創」に結びつけるには、「大きな目的」ともいえる価値観の共有が大切だと強調した。

旧来の科学の枠を超えたイノベーションは可能か?

 3人の話題提供者はシチズンサイエンスに違った側面から光を当てたが、その発言の底に流れていたのは、価値観の違う人たちが集まって新たなものを生み出すことへの魅力と難しさだ。

 厳格なルールに従って進められる科学の営みに一般市民の価値観が持ち込まれることへの戸惑いには、臼田さんも触れたし、会場の参加者からの質問でも指摘された。また、科学者が市民と協力した結果、楽しく意義のある研究活動はできたが論文に書ける科学的成果が得られなかった場合、論文の公表がほとんど唯一の業績評価になっている現状で、科学者はそれに耐えられるかという問題。この点について大澤さんは、鉄道の駅につくるツバメの巣の調査をソーシャルネットワーク経由で市民と実施した体験をもとに、「面白いと思って始めた市民との協力が、結果として科学の成果になった」と話した。

写真2 メモ用紙に書く形で参加者から寄せられた、たくさんの質問。
写真2 メモ用紙に書く形で参加者から寄せられた、たくさんの質問。

 科学研究の古典的な枠組みは、すでに崩れている。たとえば、研究で得た成果はすべての人々の共有財産として公開されるべきだという旧来の規範は、論文の公表に劣らず特許の取得に重きをおく現代の科学研究の前では、かすんで見える。シチズンサイエンスは、いま様相を変えつつある科学と社会の接点にある。また江渡さんは、「現在の社会では科学への信頼が揺らいでいる。『専門家』に対する反発心もある。それを本来の姿に戻すことも、シチズンサイエンスの意義と考えてよいのではないか」とも指摘する。

 シチズンサイエンスには、科学者の手足となって科学に市民が協力するものから、従来の科学では扱えなかった社会課題の解決に科学者が新たに参戦することを求めるものまで、さまざまなバリエーションがある。ワークショップで進行役を務めた科学技術・学術政策研究所の林和弘上席研究官は、「シチズンサイエンスは、科学と社会の関係を考え直すよい契機にもなるだろう」と述べた。

 このワークショップは6月18、19の両日開かれ、基調講演、特別講演のほか、多くのパラレルセッションなどが展開した「JAPAN OPEN SCIENCE SUMMIT 2018」(主催・国立情報学研究所、科学技術振興機構、物質・材料研究機構、科学技術・学術政策研究所、情報通信研究機構、学術資源リポジトリ協議会)の一企画(「パラレルセッション」)として初日の18日午後行われた。

(サイエンスポータル編集部)

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