英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。
2017年10月、英国大学協会(Universities UK)は、調査報告書「2014・15年度における英国の大学の経済的インパクト(THE ECONOMIC IMPACT OF UNIVERSITIES IN 2014-15※1)」を発表した。当調査報告書は、英国の大学が多くの面で経済的に英国に多大な貢献をしていることを、関係者を始めとして一般国民にも理解してもらい、長期的な支援を得ることを目的としている。この調査報告書は英国大学協会の委託を受け、調査会社のOxford Economics社が作成したものである。今月号では当調査報告書のサマリーを中心に、一部を抜粋して紹介する。
1. 英国の大学が与える経済的インパクトの一覧表 (2014・15年度)

※ 上記の「直接的(direct)インパクト」は、大学の運用資金で賄われる教育、研究、居室にかかる支出や、(イベント等の)仕出し、スポーツその他の活動にかかる支出などを指す。また「間接的(indirect)インパクト」とは、英国の供給者による物やサービスに対する大学(教職員)の支出と、留学生の生活費、留学生を訪問する者たちの支出を指す。「誘発的(induced)インパクト」とは、大学(教職員)や、大学を供給先とするサプライ・チェーンに含まれる企業、あるいは留学生及び留学生への訪問者に供給する企業の従業員への賃金が及ぼす影響を指す。彼ら従業員は小売店やレジャー店で支出し、消費者経済に広く影響を及ぼし、その影響は英国のサプライ・チェーン全体に及んでいる。
2. 大学と学生の支出が与える英国経済へのインパクト
* 英国の大学とその学生は英国の経済活動に多大な貢献をしており、2014・15年度には合計で950億ポンド(14兆2,500億円)の総生産(Gross Output)に相当するインパクトを与えた。
筆者注:
上記の「総生産」とは、英国の大学と大学への供給業者によって創り出される物品やサービスの売上高、それらの従業員による支出、大学キャンパス外における海外からの留学生やその訪問者の支出額の合計を指す。「総生産」は、主に最終的な製品やサービスの測定値である国内総生産(GDP)に比べて、より幅広い経済活動を示す。
* 英国の高等教育分野は英国の国内総生産(GDP)にも大きな影響を与えている。大学業務だけでもGDPに対して468億ポンド(7兆200億円)の粗付加価値(Gross Value Added : GVA)の貢献をしており、これは英国の全経済活動の2.6%にあたる。
* そのインパクトは、大学業務の他に留学生やその訪問者の支出を合わせると529億ポンド(7兆9,350 億円)の粗付加価値(GVA)となり、2015年にバーミンガム市が産み出した総粗付加価値(GVA)の約2倍に相当する。
筆者注:
ここで言う「粗付加価値(GVA)」とは、総生産(Gross Output)から他の産業から仕入れた物品やサービスの総額を差し引いたものを指す。通常、「粗付加価値」とは、売上高から原材料費や仕入原価などの変動費を差し引いたものを意味する。
* 英国の大学は英国経済の全てのスキル・レベルにおいて、約944,000名の雇用を支えている。また、英国政府に年間約141億ポンド(2兆1,150億円)の税収入をもたらしており、これは2014・15年度の政府の税収入の2.7%にあたる。
3. 経済的インパクトの内訳
* 研究、教育及び学生やコミュニティーに対する各種サービスの提供等、大学自身の活動は2014・15年度には332億ポンド(4兆9,800億円)の総生産(Gross Output)をもたらした。これは、英国の法律関連業界や広告・マーケティング業界の年間総生産額より大きい額である。

* 大学による支出は215億ポンド(3兆2,200億円)の直接的な粗付加価値(GVA)を産み出してGDPに直接的な貢献をすると共に、404,000名の雇用と53億ポンド(7,950億円)の税収をもたらし、英国経済に直接的インパクトを与えている。

- 大学は英国の業者から117億ポンド(1兆7,550億円)の物品やサービスを購入すると共に、建物や設備に42億ポンド(6,300億円)の投資もしている。この大学による支出は、大学を供給先とするサプライ・チェーンに含まれる多くの企業が、2014・15年度には合計で183億ポンド(2兆7,450億円)の総生産を産み出すことに貢献した。
* 大学による支出は、大学が物品やサービスを購入している企業の収入と雇用を産み出すことによって経済活動も創出するため、大学は英国経済に間接的なインパクトも与えている。その結果、2014・15年度には、大学による支出は英国のGDPに間接的に89億ポンド(1兆3,350億円)の粗付加価値(GVA)の貢献の他、約160,000名の雇用と21億ポンド(3,159億円)の税収をもたらしている。この経済的インパクトによって、主に専門サービス業、建設業や製造業が恩恵を受けた。
- 大学の教職員や大学を供給先とするサプライ・チェーンに含まれる企業の従業員への給与は、2014・15年度において171億ポンド(2兆5,650億円)となり、総生産(Gross Output)に312億ポンド(4兆6,800億円)の誘発的なインパクトを与えている。
* 大学による支出は英国経済に広範囲に誘発的なインパクトを与えており、大学の教職員、サプライ・チェーンに含まれる企業の従業員及びその家族の収入の増加に伴い、英国にて生産された物品やサービスの購入増加によって経済の活発化にもつながる。そのため、これらの支出は英国のGDPに164億ポンド(2兆4,600億円)の粗付加価値(GVA)を産み出し、273,000名の雇用と55億ポンド(8,250億円)の税収も誘発する。
- 2014・15年度において、英国の大学は海外から437,000名の留学生(71%はEU域外からの留学生)を迎え入れている。これらの留学生は48億ポンド(7,200億円)の授業料と大学キャンパス内にて提供されるサービスに6億ポンド(900億円)の収入をもたらした。
- この他、留学生はキャンパス外でも生活費として54億ポンド(8,100億円)を支出し、更に留学生を訪ねる友人や親族も5億2,000万ポンド(780億円)を支出したと推定される。
* 海外からの留学生の大学キャンパス外での支出と留学生を訪ねる訪問者の支出は、直接的及び間接的インパクトを含め、123億ポンド(1兆8,450億円)の総生産(Gross Output)と共に、GDPに対して61億ポンド(9,150億円)の粗付加価値(GVA)の貢献、108,000名の雇用及び12億ポンド(1,800億円)の税収をもたらした。EU域外からの留学生が、これらのインパクトの約71%を産み出していると推測される。
* これによっても、大学の直接的及び間接的な経済的インパクトのかなりの部分は、海外からの留学生が納める授業料や、授業料以外の大学への支払い等、キャンパス内での支出によるものであることが分かる。また、以下の項目で述べるように、海外からの留学生は英国の大学関連の輸出関連収益にも大きな貢献をしている。
* 海外からの留学生とその訪問者は、授業料等のキャンパス内での支出やキャンパス外での支出も合わせて、2014・15年度には合計で258億ポンド(3兆8,700億円)の総生産(Gross Output)、GDPへの138億ポンド(2兆700億円)の粗付加価値(GVA)の貢献及び250,000名の雇用を産み出し、33億ポンド(4,950億円)の税収にも貢献したことになる。
4. 英国の貿易への大学の貢献
* 英国の高等教育分野は、英国の輸出産業にも大きく貢献している。海外からの留学生を英国に呼び込むことによって、2014・15年度には英国に131億ポンド(1兆9,650億円)の輸出収入をもたらした。
* この内、108億ポンド(1兆6,200億円)は海外からの留学生の大学キャンパス内外における支出であり、23億ポンド(3,450億円)は留学生を訪ねる海外からの訪問者の支出や英国の大学が海外から得た研究助成金等と推測される。
5. 大学の研究開発と大学が訓練する卒業生の貢献
* 大学の経済的インパクトを測定するその他の方法として以下の2つがある。1つは、イノベーションと経済成長の主要な原動力である研究開発を通じた英国の知識の蓄積に対する大学の長期的貢献度を測るというもの。もう1つは、生産性の高い英国の労働力の維持に不可欠な知識とスキルを提供するための人的資源の形成を測定する方法である。これらは大学が行う最も重要な貢献であると同時に、その測定は非常に困難ではあるが、Oxford Economics社では、それらを以下のように推測した。
- 2014・15年度に大学にて行われた研究開発は、英国経済に289億ポンド(4兆3,350億円)の将来的利益をもたらすと推測される。
- 学士課程卒業生のスキル向上のために大学が行った投資は、2014・15年度において630億ポンド(9兆4,500億円)の人的資源の蓄積を増したと推測される。
* 英国の経済や社会に対する英国の大学の最も価値ある貢献は、これらの推測値では十分に説明することができない。高等教育機関は、英国における繁栄を創生するために、産業界や地域コミュニティーとの緊密な連携にも熱心である。
6. 筆者コメント
* 今までも、英国大学協会は大学の経済や社会への貢献について関係者や一般市民向けにPR活動をしてきているが、今回は経済的分析を専門とした外部コンサルタント企業のOxford Economics社に調査報告書の作成を委託して、より詳しい数字を基に大学の経済的インパクトを推定している。外部の専門機関への調査委託は費用的にも負担が大きいと思われるが、大学への国民の支援がそれ以上に重要であると考えていることの表れであろう。
* 筆者の知る限り、今回の報告書は英国大学協会が発表した「大学の経済的インパクト」に関する調査報告書の中では最も詳しく分析されたものであり、原文は60ページ近くある。
* 英国の大学の経済規模を産業別の年間売上高や年間粗付加価値額(GVA)と比較した表を掲載しており、いかに大学分野が英国経済にとって大きな地位を占めており、経済的インパクトの大きさを改めて実感した。
* 一般市民向けにも、簡単なビデオ・メッセージを作成して大学の経済的インパクトをPRしており、英国大学協会では一般市民の大学への支持が非常に重要であると考えているのが良く分かる。
(参考資料:「The economic impact of UK universities, 2014-15」)