英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。
2017年3月、英国の公的研究助成機関であり、研究分野別に7つあるリサーチ・カウンシルの連合体のResearch Councils UK(RCUK)は、英国市民の科学研究への関心に関する調査結果を「PUBLIC INSIGHT RESEARCH」という報告書にて発表した。なお、この調査は、RCUKの委託を受けた独立調査会社のComResによって行われている。
この調査の目的は、一般市民の立場に立った、より良いコミュニケーション方法や科学への一般市民の関心を高める活動を改善すると共に、一般市民の科学に対する見方の長期的変化の動向等を把握することにある。この調査には聞き取り調査やワークショップを通じて、英国の約3,000名の一般成人市民が参加した。研究に対する一般市民の関心は大学の研究にも大きく関係するため、今月号では、この90ページを超える調査報告書の中から、ごく一部を抜粋して紹介する。
1.どのようにして、いつ、どこで研究に関連する情報にアクセスしたか?
* インターネット等のソーシャル・メディアの活用が目立ってきているにもかかわらず、一般市民が科学に関する新発見のニュース等、研究に関する情報を知るのはTV経由が今でも一番多い。
* 富裕者層や研究者の間では文字で書かれた情報源(書物や新聞等)が最も読まれている一方、特に老年層や研究に関与していない人達の間では視覚に頼る情報源(TV等)へのアクセスがより広く利用されている。一般市民の12%は、研究に関連した情報源に一切触れていないことも判明した。
* 研究に関連した最も日常的な行動としては、博物館や動物園への訪問や研究に関するニュースをフォロー・アップするために友人と話したり、インターネットを通じて更なる情報を探したりすることが多い。
【これらが示唆すること】
* 研究への一般市民の関心を高める各種の活動を優先付けする際、TVが最も幅広い層の一般市民に伝わることを考慮すべきである。
* 博物館は、幼少期に研究にあまり関心のなかった両親が自分の子供たちを連れていくことによって、両親に研究への関心を高めさせるまたとない機会になるかもしれない。
* 研究に関する情報へのインターネットによるフォロー・アップの普及に伴い、一般市民が信頼できる情報にアクセスできるように、しっかりしたウェブベースの情報がサーチ・エンジンによる検索において常に上位に来るようにすべきである。


2. 研究と研究者への信頼
* 研究成果について正確で真実の情報を提供するのは、大学の教員や研究者であると考えている一般市民が最も多い。一般市民が最も信頼しないのは、英国の政府や政治家及び有名人である傾向が見られる。
* 大学の研究者への信頼が高いにもかかわらず、一般市民は大学での研究と大学以外での研究の区別をほとんどしていない。
* 当調査のためのワークショップに参加した多くの一般市民は、新聞の見出しは簡潔さや刺激的な要素を重んじるあまり、研究を誤って伝えることがしばしばあると指摘している。
* 個人的経験が、最も信頼できる情報源である。個人的な経験がない場合、画像やビデオ・コンテンツが大きな影響を与える。多くの人にとって、見ることが信じることにつながっていることが分かる。
* 全ての研究分野を通じて、独立した機関によって助成され、独立した大学研究者によって研究され、その上、一般市民の間に既に定着している知識の上に研究が行われている場合、その研究は最も信頼される傾向にある。
* 専門家による研究評価プロセスに関する知識は比較的限定されているが、それを知っている場合又はそれを説明した後の一般市民の反応は良好であり、研究の質に関するバイアスのない、価値ある評価であると見られている。
【これらが示唆すること】
* 研究に大学の教員や研究者が参加していることを強調することによって、研究成果への信頼をより高めることができるであろう。
* 研究プロジェクトが全て公的な助成によって行われている場合、そのことを強調することは有益であろう。研究が私的な助成によって実施される場合は、どのような研究不正等への予防対策がなされているかを明白にすることが賢明であろう。

3.公的助成による研究と民間助成による研究に対する見方
* 一般市民は、公的資金が研究助成に利用されることに好意的である。公的資金が医学関連の研究や社会に具体的な利益をもたらすと思われる研究の助成に利用される場合、その支持率はもっとも高くなる傾向にある。
* 一般市民は、英国政府は研究助成に対して多すぎる額の助成をしていると見るより、適切な額又は少ない額の投資をしていると考えている。
* 一般市民の4分の3は、研究への公的助成が彼ら自身、又はその家族や友人の利益に役立つと考えている。
* 全般的に言って、公的助成を受ける研究は単に研究のための研究というよりも、定められた社会的又は経済的目的をもつことが、どちらかというと好まれる傾向にある。
また、公的助成による研究はどれくらいリスクを取るべきかに関しては、意見が分かれる。
【これらが示唆すること】
* 多くの一般市民は、研究への公的助成は彼ら自身、家族又は友人たちに利益をもたらすと答えているが、実社会に影響のある研究について聞きたいという更なる欲求があるのも明らかである。そのため市民とのコミュニケーションにおいては、いかに公的助成を受けた研究が人々の日常生活に影響を与えているかを強調することが重要である。特に、公的助成が医学上の大きなブレークスルーを支援したことは強調すべきであろう。
* より広範囲な研究分野においても、新たな研究が社会的、経済的な諸問題の解決を目指していることを強調することが大事であろう。

4.異なる研究分野への見方と関心
* 英国の一般市民が最も興味ある研究分野は医学分野である。その理由として、ほとんどの成人、その友人や家族が何らかの病気を患った経験があることが考えられる。
* これは、人々が直接的に関連していると思う研究に興味を抱くという、一般的な傾向を反映している。その一方、素粒子物理学や天文学は人々の日常生活にほとんど影響を与えてないために、人々の関心が比較的薄いと考えられる。
* 一般市民は質の高い研究について最も知りたがっており、特に気候変動や健康に関するトピックスに関心が高い。
* 医学研究は一般市民にとって最も優先度の高い分野である。一般市民は医学研究分野が、政府が投資をすべき最も重要な分野であり、より良い治療方法の確立は研究がもたらすべき最も重要な成果であると圧倒的に思っている。
* 医学に次いで一般市民の関心が最も高い研究分野は、世界における貧困の削減と気候変動等の将来のリスク対策への情報提供である。
【これらが示唆すること】
* 一般市民の中で最も研究に興味のない人々に研究への関心を持ってもらうためには、医学関連の研究が良いきっかけとなるであろう。
* 研究が市民の日常生活に影響を与えていることを強調することが、研究への公的助成への支援を高めることになろう。また、大学における研究と実社会への影響の関連性を明白にすることも優先的に行うべきである。


5. 筆者コメント
* 英国の大学における科学研究への公的助成は、主に4地方に分かれた高等教育ファンディング・カウンシル(HEFCE等)による公的研究評価に基づく研究用の運営費交付金と、研究分野ごとに7つあるリサーチ・カウンシルによる交付金の二つの配分ルートがある。英国は伝統的に、この二元的公的研究助成(dual funding)制度を採用している。
* 7つあるリサーチ・カウンシルは、科学研究のために年間で合計約30億ポンド(4,500億円※)の公的投資を行っている。そのため、この公的投資に対する一般市民の理解を得ることは非常に重要であり、一般市民の科学研究への関心を高める活動やコミュニケーションに力を注いでいる。
※1ポンドを150円にて換算した。
* インターネットが普及した現在でも、一般市民が科学に関する新発見のニュース等を知るのはTVによることが一番多いのは興味深い。また、一般市民が医学研究は政府が投資をすべき最も重要な分野であると考えており、一番関心の高い分野であることは納得できる気がする。
* 英国において、研究成果について正確で真実の情報を提供しているのは大学の教員や研究者であると考えている一般市民が最も多い。日本でもこの傾向は同じだと思うが、近年、日本の大学でも教員や研究者等による研究成果の捏造が報じられており、科学研究の促進のためにも一般市民の信頼を裏切らない姿勢が特に重要と感じる。