英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。
2016年3月、高等教育と科学を所管するビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)は、イングランド地方の大学を担当するイングランド高等教育ファンディング・カウンシル(HEFCE)に対して、2016・17年度の高等教育予算を通達した。同時に同省は2016・17年度から2019・20年度の「科学予算」も発表した。今月号ではこれらの予算の概要を抜粋・編集して紹介する。なお、BISはイングランド地方のみの高等教育行政を所管するが、科学・イノベーションに関してはスコットランド等を含む英国全体を所管する。したがって、ここに紹介する高等教育予算はイングランド地方を所管するHEFCE向けの通達であり、スコットランドやウェールズ等の独立地方行政体の予算は含まれないが、イングランド地方は英国全体で約160校ある高等教育機関の内130校、予算でも全体の80%強を占める。
1.イングランド地方への政府の高等教育予算
* 2016年3月、BISはHEFCEに対して、イングランド地方の高等教育機関向けの2016・17年度の約37億ポンド(5,920億円)の予算を通達※1した。HEFCEはこの総額を、2014年に実施された公的研究評価(REF2014)の結果や公的教育評価等に基づき、運営費交付金として一括して各高等教育機関に配分することになる。
※1 HEFCE Grant Letter 201617
筆者注:以下の表からも明白なように、教育向け運営費交付金は年々減少しており、それを補う形で2012・13年度から授業料の大幅引き上げが導入され、授業料収入は年々増加傾向にある。これによって、HEFCE助成金と授業料収入の合計金額は名目上微増している。また、教育用運営費交付金は減少傾向にある一方、研究向け運営費交付金は名目上、増加傾向にあるが、インフレ率を考慮すると実質横ばいであろう。

2016年3月、ビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)はHEFCEに対して、2016・2017年度のイングランド地方の高等教育機関への運営費交付金の総額を伝えると共に、その使途についての通達も出した。以下は、その一部抜粋である。
1-1) 教育
* 教育用運営費交付金は2016・17年度、2017・18年度と減額予算となるが、HEFCEはSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)のような授業経費が高い学科への教育用運営費交付金をインフレ率調整後の実質ベースで現状維持とし、減額すべきではない。
* 首相が目指す、パートタイムの学生を含む恵まれない環境の若者の高等教育進学率を高めるため、HEFCEは恵まれない環境からの若者の進学率が高い高等教育機関により重点的に助成するなどして、Student Opportunity Fund※2をより効果的に活用すべきである。
※2 HEFCE 「How we fund student access and success」
* HEFCEには、教育の質の新たな公的評価となるTeaching Excellence Framework※3(TEF)の設計に、来年度もリーダーシップを発揮してもらいたい。
※3 Universities UK blog
Parliament UK 「The Teaching Excellence Framework: Assessing quality in Higher Education」
筆者注:英国の大学の研究への公的評価はResearch Excellence Framework(REF)によって実施されているが、政府は教育への公的評価の改善のために新制度の設計に取り組んでいる。学生に質の高い教育を提供すると共に、教育が研究と同等な価値を持つというカルチャーを根付かせるため、教育に対する公的評価としてTeaching Excellence Framework(TEF)の発案が政府からなされ、現在HEFCEを中心に関係機関と具体的制度を検討中である。この制度は、学生の満足度が大きなウェイトを占めると思われるが、満足度のデータの信用性も論議されるであろう。
1-2) 研究
* 英国の大学における研究の卓越性は世界的評価を受けており、持続可能な経済成長と更なる生産性の向上に必要不可欠である。そのためにも、政府は今後も研究への公的助成であるDual Support Systemを継続していく。
筆者注:大学の研究に対する公的助成のDual Support Systemとは、研究の質に基づくブロック・グラントによる助成と、リサーチ・カウンシルによるプロジェクト・ベースの競争的研究助成の二元的助成制度を指す。
* HEFCEは高等教育機関や他の高等教育ファンディング機関と共に、2016夏に発表が予定されるStern卿によるResearch Excellence Framework(REF)への見直し※4報告書を検討し、2021年末までに予定されている次回のREFに反映させるべきである。
※4 Government UK 「Government launches review to improve university research funding」
* 大学の研究施設への投資を支援することを目的としたUK Research Partnership Investment Fund※5(UKRPIF)は、大学と企業の間の大規模な共同研究を促進するのに非常に効果的であることが分かった。そのため、2021年までに更なる4億ポンド(640億円)の追加助成を決定した。この追加助成によって、大学の研究拠点に少なくとも8億ポンド(1,280億円)に上る企業からの研究投資が期待される。
※5 HEFCE 「UK Research partnership investment fund」
筆者注:UKRPIFはHEFCEが企業からの投資を呼び込むために2012年に始めた、大学の研究施設拡充のための助成制度であり、運営はHEFCEが実施している。HEFCEは2014年から2017年にかけて、合計34プロジェクトに約5億ポンド(800億円)の助成を行った。これによって、産業界や研究チャリティー機関からも合計約14億ポンド(2,240億円)の研究投資がなされた。
1-3) 知識交流
* 政府は、HEFCEが実施している産学連携活動促進プログラムであるHigher Education Innovation Fund※6(HEIF)の重要な役割を十分に認識している。HEFCEは、HEIFの助成額を現在のレベルに維持しながら、今後もアウトカムに重点を置いた助成をしていくべきである。
※6 HEFCE 「Knowledge exchange funding – HEIF」
筆者注:英国では近年、大学の知識移転活動を知識交流(Knowledge Exchange)活動と呼ぶことが多い。これは産学連携等の知識移転活動を通じて、アカデミック・スタッフも産業界から学ぶ事が多いため、一方通行の知識移転ではなく、相互に利益を受けるという意味で「知識交流活動」と言っている。
1-4) その他の優先事項
* 英国政府は当通達にて、HEFCEに以下のような優先事項を実行するように要請した。
- 「Diamond Review」の各種提言を実行に移すための、英国大学協会(Universities UK)を始めとする高等教育分野の関係者との共同活動
筆者注:Diamond Reviewは、2015年に英国のAberdeen University学長のSir Ian Diamond教授による大学運営の効率化に関するレビュー報告書「Efficiency, effectiveness and value for money※7」を指す。Diamond教授は、英国大学協会のEfficiency Task Groupの座長を務めていた。
※7 Universities UK 「Efficiency, effectiveness and value for money」
- 教育用運営費交付金のレビュー
- 修士課程学生への新たな授業料ローンの導入や博士課程学生への授業料ローン制度の設計に対するBISへの支援
- 学士課程及び修士課程学生向けのDegree Apprenticeships※8制度を促進するための大学、企業、専門職団体間の連携の促進
※8 Government UK 「Government rolls-out flagship Degree Apprenticeships」
筆者注:Degree Apprenticeships制度は、2015年に政府が発表した、高等教育と専門職教育を融合した新しい授業モデルである。その第1弾として、航空宇宙工学や原子力工学分野の学士課程及び修士課程学生向けの9つのコースが発表された。
(参考資料:HEFCE 「Funding for higher education in England for 2016-17: HEFCE grant letter from BIS」
HEFCE Grant Letter 201617 )
2.BISの科学研究予算
* 2016年3月、ビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)の大学・科学担当相は、2016・17年度から2019・20年度の科学研究予算(Science and Research Budget)、通称「科学予算※9」を発表した。
※9 Government UK 「The Allocationi of Science and Research Funding 2016/17 to 2019/20」
筆者注:この「科学予算」はBISが所管する予算であり、主にHEFCEトリサーチ・カウンシル向けの科学研究向けである。他の省庁独自の科学・技術向けの予算は含まれない。
* 英国政府はこの「科学予算」にて、科学関連の経常予算を現状の年間47億ポンド(7,520億円)を今後4年間、インフレ調整後の実質ベースで維持することを表明した。
* 研究の質に基づく助成と、リサーチ・カウンシルからのプロジェクト・ベースの競争的研究助成の二元的助成制度であるDual Support Systemは今後も維持する。
* 現在、リサーチ・カウンシルが配分する競争的研究助成金1ポンドに対して、HEFCEが配分する研究の質に基づく研究用運営費交付金は0.63ポンドの比率であるが、2020年までにこの比率は0.65ポンドに上がる傾向にある。
筆者注:HEFCEによる教育用及び研究用の運営費交付金は、一括してBlock Grantとして各大学の学長に配分され、その具体的配分は学長の自由裁量に任される。
2-1) 科学研究予算(単位:100万ポンド、*は見込みを示す

2-2) 科学研究予算内の経常予算の内訳 (単位:100万ポンド、*は見込みを示す)

筆者注:上記のNational Academiesとは、独立したアカデミー組織であるThe Royal Society, The British Academy, The Royal Academy of Engineering and the Academy of Medical Sciencesを指し、これらの機関は会費の他に政府の助成も受けている。
【Global Challenges Research Fund】
- Global Challenges Research Fund※10 (GCRF)は、2015年末に発表された新たな研究助成制度であり、開発途上国が直面している問題への対処に、英国の研究が主導的役割を担うことを目的に、5年間で15億ポンド(2,400億円)の経常予算が計画されている。
※10 Government UK「UK aid: tackling global challenges in the national interest」
- 当ファンドは、世界が直面する危機への対応の強化、世界の繁栄の促進、世界における極度の貧困への対応等、世界的課題への新たな対処法を見出す研究への助成であり、英国の大学等の研究拠点が持つ専門的知見を活用できると期待される。
- このファンドの予算は国際協力省(Department for International Development)から拠出されるが、ビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)が所管するリサーチ・カウンシルが運営することになっている。
【Newton Fund】
- Newton Fund※11は世界の貧困層が抱える諸問題に対処するため、15のパートナー諸国の経済発展と社会福祉を促進することを主目的に、2014年に始まった研究助成制度である。当ファンドは英国のOfficial Development Assistance (ODA)の一環であり、ファンド運営はビジネス・イノベーション・スキルズ省所管の各種機関が実施している。
※11 Newton Fund
- 助成対象活動は、開発途上のパートナー国における科学・イノベーションに従事する人材や組織の育成、連携研究やイノベーション・システムの強化等が挙げられる。
(参考資料:Government UK 「Government to invest record £26.3 billion in UK’s world-class science until 2021」
Government UK 「The Allocation of Science and Research Funding」)
3.筆者コメント
* 2015・16年度におけるHEFCEからの大学への助成金(運営費交付金+設備投資助成)と授業料収入の合計額約1兆9,400 億円の内、授業料は約1兆2,900億円と約67%を占めている。2017・18年度には、授業料収入は約1兆4,400億円と予想され、その比率は約72%と、授業料収入の割合が大幅に増加する。
* しかしながら、イングランド地方の大学の英国人及びEU国籍の学士課程学生は在学中に授業料を払うわけではない。政府系のStudent Loan Companyが学生に肩代わりして大学に授業料を支払い、学生は卒業後に年収の21,000ポンド(340万円)以上の部分の9%を30年にわたり返済する制度が導入されているため、授業料収入が増えたからといって、政府の負担が軽減するするとは一概には言えない。
* 緊縮財政の継続のため、英国のほとんどの省庁の予算が削減されている中、科学予算については、インフレ率調整後の実質ベースで現状維持(名目上の増額)となったのは、英国政府の科学研究重視の表れと見ることができる。財務相は科学技術の発展を通じて、英国経済の強化につなげることを目指している、と常々発言している。
* 学生に質の高い教育を提供すると共に、教育が研究と同等な価値を持つというカルチャーを根付かせるため、教育への新たな公的評価として、現在HEFCEを中心にTeaching Excellence Framework(TEF)の制度設計の検討が行われている。この他、次回の公的研究評価に向けてResearch Excellence Framework(REF)の見直しも検討されており、英国では制度の改良を目指し、各種見直しが頻繁に行われている。
* 昨年に発表された、The Royal Society前会長Sir Paul Nurse教授によるリサーチ・カウンシルへの見直し報告書もその一環であり、現在7つあるリサーチ・カウンシルを一つの巨大なリサーチ・カウンシルに統合するという案も提案されている。なお、各リサーチ・カウンシルの経理、購買、IT 等は、既に何年も前から中央センターに統合されており、筆者もその統合センターを見学したことがある。
* HEFCEが配分する研究の質に基づく研究用運営費交付金は、リサーチ・カウンシルが配分する競争的研究助成金1ポンド当たり0.63ポンドの比率であるが、2020年にはこの比率が0.65ポンドに上がり、今後はHEFCEが配分する研究用運営費交付金の比率が大きくなる傾向にあるのは興味深い。
* 世界が直面する危機への対応の強化、世界の繁栄の促進、世界における極端な貧困への対応等、世界的課題への対処法を見出す研究への助成であるGlobal Challenges Research Fundや開発途上国における科学・イノベーションに従事する人材や組織の育成や連携研究等への助成制度であるNewton Fundなど、国際協力に関連した研究助成が活発化している。緊縮財政継続中にもかかわらず、英国政府は国民健康サービス(NHS)、科学研究、国際協力関連等の予算を削減していないのは注目される。
関連リンク
- The Teaching Excellence Framework: Assessing quality in Higher Education
- Government launches review to improve university research funding
- Government rolls-out flagship Degree Apprenticeships
- The Allocationi of Science and Research Funding 2016/17 to 2019/20
- UK aid: tackling global challenges in the national interest
- Newton Fund
- Government to invest record £26.3 billion in UK’s world-class science until 2021
- The Allocation of Science and Research Funding