英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)
2015年6月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は「Transnational pathways to higher education in England※1」と題する報告書を発表した。この報告書は、海外の学生がイングランド地方の大学の学士課程に入学するための進学経路を調査したものである。特に、英国の大学が海外の学生向けに様々な形態で実施しているトランスナショナル教育(transnational education)を経由した、イングランド地方の大学の学士課程への進学に重点が置かれている。
当報告書では、英国の大学が海外で提供する授業コース、英国の大学の海外キャンパスでのコース、又は海外の高等教育機関が提供するコース等を経たのちに、イングランド地方の大学の学士課程に入学する学生をトランスナショナル入学者(transnational entrant)としている。今月号では、この報告書の一部を抜粋して紹介する。※1
http://www.hefce.ac.uk/media/HEFCE,2014/Content/Pubs/2015/201508/HEFCE2015_08.pdf
1.トランスナショナル教育経由の進学経路の重要性
- 2013・14年度において、イングランドの大学の学士課程に入学した全留学生の33%(17,140名)が、英国の大学が実施している海外での授業コースからの移籍者である。この高い比率は、大学によるトランスナショナル教育と海外のパートナー高等教育機関との戦略的提携の重要性を示している。
- 当報告書では、留学生を二つのグループに分けており、一つは英国の大学が海外で提供する授業を経て英国の学士課程に入学した学生(transnational student)、もう一方は英国の大学によって直接リクルートされたか又は他の営利教育機関が運営する授業コースを経て英国の学士課程に入学した学生(other international student)である。
- 2013・14年度にイングランドの学士課程に入学した「transnational student」は約17,000名に対して、「other international student」は約34,000名であった。(2009・10年度では、transnational studentが約14,000名、other international studentが約27,000名)。
- イングランドの大学の学士課程に入学した中国人留学生の内、トランスナショナル教育からの入学者は55%を占めており、その数は8,585名と中国がトップである。
【トランスナショナル教育経由のイングランドの大学学士課程入学者数トップ5】

- トランスナショナル教育からイングランドの大学の学士課程への入学者は、通常の学士課程に比べて在籍年数が短いことが重要な特徴である。その41%は学士課程2年度から、40%は3年度からの入学者である。したがって、通常より短期間の学士課程の留学生を多く入学させることは、大学には継続的な財政的圧力要因ともなりえる。
2.イングランドの大学の学士課程への進学経路
2-1) 中国からの留学生
【中国人留学生のイングランドの大学学士課程への進学経路】

【全留学生のイングランドの大学学士課程への進学経路】

2-2) トランスナショナル教育経由の留学生に人気の学科目
- 2013・14年度において、ビジネス・マネージメント関連科目を選択した全留学生の49%(9,525名)、工学・技術関連科目選択の全留学生の33%(2,250名)がトランスナショナル教育の経験者であった。
- イングランドの大学におけるトランスナショナル教育経由留学生の約半数は、中国人留学生である。人文科学や語学関連科目を選択した中国人留学生の80%(425名)、ビジネス・マネージメント関連科目では63%(5,570名)、コンピューター科学61%(215名)、工学・技術関連科目56%(1,020名)がトランスナショナル教育経験者であった。
3. イングランドの大学の大学院課程への進学経路
【トランスナショナル教育経験者の学士課程入学から2年後の大学院課程への進学率】

- 上記のように、マレーシアを除いて、トランスナショナル教育を受けてイングランドの学士課程に入学した留学生の大学院課程への進学率が上昇しつつある。この要因として、将来的にイングランドの大学院進学を考えている留学生が、トランスナショナル教育経路を利用する傾向が増えていることも考えられる。トランスナショナル教育経由の学士課程進学の方が通常に学士課程に入学するより期間が短く、学士と修士号(通常1年)の両方を取得するための経費と時間を節約できることになる。
3-1) 中国からの留学生
- 中国にて英国の大学によるトランスナショナル教育を受けた経験のある中国人留学生は、大学院に進学する比率が最も高く、2011・12年度にイングランドの学士課程に入学した中国人留学生の内、2013・13年度には64%が大学院課程に進学している。これは、最終的にイングランドの大学院の学位を得ることを目標に、中国における英国の大学によるトランスナショナル教育を受けている傾向があることも示唆している。
- 2011・12年度において、英国の大学によるトランスナショナル教育を受けた後、イングランドの学士課程から大学院課程に進学した留学生の約83%が中国人留学生である。
【2009・10年度にイングランドの学士課程入学後、4年以内に大学院に進学した中国人留学生】

3-2) EU域外からの学士課程留学生の大学院進学
- 多くのトランスナショナル教育の経験者は、学士課程から大学院課程に進学する際に大学を変える傾向にあり、38%のみが同じ大学の大学院課程に進んでいる。
【英国にて学士課程教育を受けた後、2013・14年度に大学院に入学した留学生比率の高い国】

【大学院に進学した中国人留学生の科目別進学経路】

4. サマリー
- 特に2010・11年度以来、留学生のリクルートメントの重点が東アジアに置かれてきた。同時に、同地域の対費用効果に敏感な留学希望者に対して、イングランドの高等教育へのアクセスを提供するトランスナショナル教育経由の進学(transnational pathways)の伸びが、これを支えてきた。
- トランスナショナル教育は学生に対して、イングランドの大学、自国の大学又はイングランドの大学によって設立されたブランチ・キャンパスへの進学という、より柔軟な選択肢を学生に与えている。又、トランスナショナル教育を受けた後に海外で学ぶことによって、より短期間で学士課程を修了できるために経費の節減と共に、時間も有効に使えるメリットがある。トランスナショナル教育経由の留学生には、通常のイングランドの学士課程期間(3年)で学士号と修士号(taught masters)を取得できる可能性がある。
- このことは、イングランドの大学にとって大きな財政的意味合いを持つ。トランスナショナル教育経由の留学生のイングランドにおける勉学期間が通常より短期間であるため、大学は学生数を維持するためにも多くの学生を継続的に入学させることに、より大きな努力を注ぐことにもなっている。
- 暫定的な調査分析によると、特に中国人留学生をはじめとした多くのトランスナショナル教育経由の学士課程留学生は大学院課程に進学する一方、それらの多くの留学生は学士課程とは異なる大学の大学院課程を選ぶ傾向がある。高等教育分野レベルでは、トランスナショナル教育は学士課程と大学院課程への需要に大きな貢献をしているが、各大学レベルでは、トランスナショナル教育経由の進学を積極的に推進している大学は、他大学の大学院課程への進学を計画している学生にも貢献していることにもなる。
- トランスナショナル教育経由のイングランドの大学への進学が、イングランドの通常の学士課程への進学が経済的に厳しい留学生によって主に利用されているのかを結論付けるには、更なる調査が必要であろう。もしそうであるならば、トランスナショナル教育は海外の低所得家庭の子弟にイングランドの大学への進学の道を広げたことになる。
5. 筆者コメント
- 当報告書では、「Transnational Education」を「トランスナショナル教育」と訳したが、「国境を越えた教育」とも訳すことができよう。またTransnational EducationはTNEと略されることが多い。
- トランスナショナル教育はオフショア教育を指し、海外キャンパス、海外パートナーとの提携によるフランチャイズ式授業、遠隔教育プログラム等を通じた海外における教育がこれにあたる。
- 中国人学生がイングランドの大学によるトランスナショナル教育を積極的に活用していることが分かると同時に、イングランドの大学が、中国をはじめとした東アジア地域において、トランスナショナル教育を積極的に展開していることもうかがえる。
- 2011・12年度にイングランドの大学の学士課程に入学した中国人留学生の64%が、2年後の2013・14年度には大学院課程に進学しており、トランスナショナル教育を通じた大学院への進学経路がポピュラーであることもうかがえる。HEFCEはこの理由として、トランスナショナル教育経由の場合、イングランドの学士課程期間が短くなるため、コスト的に学生の負担が少ないことを挙げている。
- 多くのトランスナショナル教育の経験者は、学士課程から大学院課程に進学する際に大学を変える傾向にあり、38%のみが同じ大学の大学院課程に進んでいるのには少し驚いた。HEFCE報告書はこの理由について言及していないが、中国人留学生をはじめ、これらの留学生にある種のバイタリティーを感じる。
(参考資料: HEFCE報告書「Transnational pathways to higher education in England」
http://www.hefce.ac.uk/media/HEFCE,2014/Content/Pubs/2015/201508/HEFCE2015_08.pdf)