レポート

科学のおすすめ本ー オプションを活かそう 選択が人生を決める

2014.02.25

推薦者/サイエンスポータル編集長

「オプションを活かそう 選択が人生を決める」
 ISBN: 978-4-12004-556-1
 定 価: 1,400円+税
 著 者: 江崎玲於奈 氏
 編集協力: 滝田恭子 氏
 発 行: 中央公論新社
 頁: 173頁
 発行日: 2013年10月25日

江崎氏(1925年3月〜)は1973年のノーベル物理学賞の受賞者だ。受賞理由は、半導体における「トンネル効果」の発見。本来通り抜けられないはずの電子が、障壁の向こうに流れてしまうという現象を固体でも起きることを初めて実証したのだ。この効果を利用したのが「エザキ・ダイオード」だ。

本書はその江崎氏の半生記。科学や技術に対する自分の思いをエピソードを混ぜながら紹介しながら、さらに読者に「オプション(選択の自由)を活かそう」と積極的に呼びかけているところが大きな“ミソ”だ。

江崎氏がその「効果」を発見したのは、東京通信工業(現ソニー)の主任研究員時代だった。研究成果を1957年10月の日本物理学会の年会で発表したが、すぐには理解してもらえなかったという。その一方で研究論文を書き上げ、審査の厳しい米国物理学会誌『フィジカル・レビュー』に投稿したところ、ただちに採用が決まり、翌年1月号に掲載された。これが欧米で大きな反響となり、多くの研究機関から就職要請を受けた。選んだのが米ニューヨーク州にあるIBMのT・J・ワトソン中央研究所だった。江崎氏は60年2月に渡米し、1992年に筑波大学学長就任のために帰国するまで、同研究所に在籍した。ノーベル賞の受賞も同研究所の研究員のときだった。

その江崎氏が60年の渡米のときに、ソニー製エザキ・ダイオード30個をスーツケースに入れて保管しておいた。「50年経っても使えるか」調べるためだ。そして50年後の2010年に封印を解いて、実際に東京大学で検査した。流せる電流の減少はわずか3.3%にとどまり、同ダイオードを使用した当時の古いラジオもよい音を聞かせたという。検査結果は同年3月の『ネイチャー』誌に掲載された。まさに真の科学者、技術者だ。

「ソニーからIBMへ」という江崎氏の受賞時の経歴は、日本経済の高度成長期と相まって、実に華々しく、恵まれたものとして日本人には映った。しかし本書では、京都第一中(現洛北高校)の入試に落ちた挫折感や、戦時下の厳しい状況の中での勉学生活、名古屋空襲のために兄(享年25歳)の死に間に合わなかったことなどが淡々と語られ、江崎氏が決して特別な存在ではなかったことが示される。戦争が終わり、江崎氏は「産業復興への貢献が私の使命ではないか」と考えた。大学で学んだ量子論の新知識を企業で活用し、何か革新的なものを作ることを自分の将来像としたのだ。

江崎氏は若者に創造性の重要性を訴えている。本書で示すのが「ノーベル賞をとるために、してはいけない5か条」だ。これは「江崎の黄金律」としてノーベル物理学賞の選考委員が専門誌に紹介したものだ。(以下要約、太字も当編集部)

  1. 今までの行きがかりに囚われてはいけない。しがらみを解かない限り、思い切った創造性の発揮などは望めない。
  2. 教えはいくら受けても結構だが、大先生にのめり込んではいけない。のめり込むと“権威の呪縛”から逃れられなくなり、自由奔放な若さを失い、自分の創造力も委縮する。
  3. 無用な“ガラクタ情報”に惑わされてはいけない。我々の能力には限りがあるから、吟味された必須の情報だけ処理する。
  4. 創造力を発揮して自分の主張を貫くためには、戦うことを避けてはいけない。
  5. 子どものような飽くなき好奇心と、初々しい感性を失ってはいけない。

本書ではさらに「15歳のあなたへ〜将来に迷ったら」「30歳のあなたへ〜仕事で悩んだら」「45歳のあなたへ〜科学を信じられなくなったら」と題し、Q&A形式で、江崎氏がそれぞれに答えている。あまり“のめり込まない”程度に、読んでみるのもいいかもしれない。

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