レポート

研究評価の第二の革命“Altmetrics(オルトメトリクス)”

2014.02.24

寿 桜子 / 科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンター

 「ネイチャー」や「サイエンス」。これらはとくに“権威ある学術誌”として、世界中のメディアにもよく取り上げられている。しかし、その「権威」とは何だろう。

 実はこの「権威」は「文献引用影響率」という数値的指標で明確に説明できる。「インパクトファクター(Impact Factor、IF)」という呼び名で知られ、毎年更新されており、学術出版界では非常に重視されている。本来は学術誌の重要度や影響度などの評価に使われる目的で考案されたが、近年はその用途から離れ、個々の論文の価値や科学者自身の業績評価にも利用されるといった “乱用”が見られるようになってきた。さらに、「権威ある学術誌ほど捏造(ねつぞう)が多い(*1)」といった問題も起きてきたのだ。

第3回 SPARC Japan セミナー2013

 この解決には、学術誌の評価を個々の論文評価と同一視するのではなく、“論文そのもの”の評価が必要である。そのため一昨年に新たな評価指標として「オルトメトリクス(Altmetrics: Alternative Metrics)」が提唱された。その提唱者の一人であるJason Priem氏がこの秋に来日。2013年10月25日、に「第3回 SPARC Japan セミナー2013」が国立情報学研究所(東京都千代田区)で開かれた。

 「SPARC(スパーク)」とは、北米研究図書館協会が1998年に始めた学術・研究図書館の国際連合「Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition」のこと。“権威ある学術誌”の高騰で大学図書館の購読が困難となった状況の打開を目的として、日米欧中豪などの世界800以上の学会が参加している。日本では、文部科学省の支援により「国際学術情報流通基盤整備事業」として国立情報学研究所が2003年度から通算32回のSPARC Japanセミナーを開催している。当日のセミナーは、今年度第3回目となる開催で、取り上げたテーマが「オープンアクセス時代の研究成果のインパクトを再定義する:再利用とAltmetricsの現在」だ。「オープンアクセス」(Open Access, OA)とは、インターネット上での学術情報の“自由な共有”をさす。 

オルトメトリクス

 オルトメトリクスは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やクラウド・ストレージ(オンライン方式の外部記憶装置)といったインターネットサービスの社会への浸透とオープンアクセスを背景に、今回のセミナー登壇者のPriem氏らが2012年に提唱したものである。同氏が共同創立者となっているImpact Story社が提供するオルトメトリクスの評価対象は、インパクトファクターとは違い、論文だけではない。研究過程で生成されたデータ、分析のために開発されたコンピュータプログラムコードなど多岐に渡る。その計測対象は、現在のところFacebookやTwitterに代表されるSNSでの言及数や、「CiteULike」や「Mendeley」などの研究者向けのオンライン文献管理ツールなどにクリップされた数で、評価対象データごとにスコアとして任意のソースコードを埋め込んだWebページに表示できる(画像参照)。

 セミナーは、米SPARCが企画した「オープンアクセスウィーク2013」の一環にふさわしく、オープンアクセスジャーナルの旗艦的存在である「eLife(*2)」、「PeerJ(*3)」の代表者らによるビデオレターで幕を開けた。続いて、オープンアクセスの展開基盤となる研究データ管理の海外動向や、オルトメトリクスの重要な計測対象である研究データのデジタル保管庫「figshare」の創立者Mark Hahnel氏、Prime氏、さらに国内の施行・実例報告などの講演が続いた。最後に、参加者を交えての活発なディスカッションが行われた。

 セミナーの発表資料はオープンアクセスの趣旨に沿って公開されていることから、ここでは特に印象に残った講演とディスカッションをピックアップする。

Priem氏
(写真提供:国立情報学研究所)

 Priem氏の講演は、「Paper-nativeからweb-native(web-native science)へ」をメインテーマに展開した。インターネットはもともと軍事通信や学術研究のために開発されたにもかかわらず、私たちの生活を変革したほどの進化に学術界は追いついていない現状を指摘した。また、研究者間のコミュニケーションの場として機能したはずの学術誌や学会がソーシャルネットワークなどクラウドサービスに取って代わられつつある変化を語った。その実例として述べたのが、Googleのサービスの1つであるGoogleドキュメントを使って一般公開にした論文に対して、学術誌に投稿する以上の数の専門家からの査読コメントが寄せられたことの“衝撃”。「パブリッシュは雑誌のビジネスモデルではなく、Googleのボタンの1つになった!」と言う。そのGoogleドキュメントで一般公開した論文については、後に国際会議の場で著名な科学者から直接声を掛けられ、話題とされたことで、「学術誌の存在意義を疑うようになった」とした。

Hahnel氏
(写真提供:国立情報学研究所)

 ImpactStoryの計測対象ともなっているfigshareのHahnel氏は、「英国では博士号取得者の0.45%しか教授になれないので、積極的に自分の成果を売り込む必要性がある」と指摘した。そのための“受け皿”としてfigshareを設立したと言う。また、2011年12月に発表された米国国立科学財団(National Science Foundation: NSF)の新たな研究助成の評価基準「メリットレビュー」を示し、研究者の多くは研究データの流通を望みつつも自らは公開していない実態を紹介した。「なぜ苦労を重ねて研究したデータ詳細を公開しなければならないのか」という研究者の質問に「それは私(NSF)が助成したからだ*4」と答えたとする逸話を紹介し、データ公開のインセンティブを用意することの重要性やそのデジタルデータ保管サーバ(リポジトリ)の手薄さについて言及した。さらに、同社による試行テストの結果、論文に掲載されている図表の5分の1はリファレンスリストに載せられておらず研究評価の対象にすらなっていない現状を報告した。
最後のディスカッションでは、学術誌の出版社やリポジトリ運営に携わる参加者から活発な質問があった。「ネイチャー」によるオルトメトリクスの新年度からの導入予告についてや、原データの改ざんを防ぐ仕組み、データ量の爆発的な増加が予想されるリポジトリを運営する図書館がデータ評価の役割も担うのかなど、始まったばかりの“革命”に将来を模索する質問が飛び交った。

最後のディスカッション
(写真提供:国立情報学研究所)

 日本は先進国の中でも特にオープンアクセスへの動きが鈍いと言われている(*5)。その理由としては、「評価基準を明らかにすると自らもオプティマイズされてしまう」という背景だけでなく、データ保持者である研究者自身への啓蒙が進んでいないことや、法令法規が未整備であることなど複合的な要因がある。その“鈍さ”は、オープンアクセスに関する共同声明が出された2013年6月の「G8科学大臣及びアカデミー会長会合」の参加国の中で日本だけが科学大臣級が出席しなかったことにも表れている。
高度化を続ける科学技術の透明性とイノベーションの維持・加速に向けては、研究成果のみならず、明日の科学技術が生まれる下地となる“土壌革命”にも注目が必要だ。

*1. 有名な事件として、ヘンドリック・シェーン問題(Nature 414、 434-436 (2001)他)、ES細胞論文不正事件(Science 303、 5664 (2004)他)などがある。
*2. 米独英の大手3研究助成機関で発刊されているオープンアクセス誌
http://www.elifesciences.org/
*3. 論文投稿料を生涯会費制にしたことで注目を集めたオープンアクセス誌
https://peerj.com/
*4. 逸話そのものではないが、2011年1月に発行された助成ガイドにも明記されている。Proposal and Award Policies and Procedures Guide(NSF 11-1)、 4.b,
http://www.nsf.gov/pubs/policydocs/pappguide/nsf11001/aag_6.jsp#VID4
*5. (参考)
・オバマ大統領による米政府のデータをオープンデータで公開することを義務付ける大統領指令(2013年5月9日)Executive Order ? Making Open and Machine Readable the New Default for Government Information
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/05/09/executive-order-making-open-and-machine-readable-new-default-government-
・米国立衛生研究所によるパブリックアクセス方針(2005年5月2日)Policy on Enhancing Public Access to Archived Publications Resulting from NIH-Funded Research
http://grants.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-05-022.html
・なお、科学技術振興機構は2013年5月27日~29日、ベルリンで開催されたGRC第2回年次総会(Global Research Council Annual Global Meeting 2013)でオープンアクセス実施のアクションプランにファンディング機関として合意している。

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