レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第47回「QS-APPLE会議に参加して 〜世界大学ランキングにおける日本の大学の弱点である「国際化の遅れ」を実感〜」

2013.07.22

チャップマン純子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー

チャップマン純子(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット フェロー)

第8回QS-APPLE会議

 昨年11月にインドネシアで開催された、QS主催の「第8回QS-APPLE会議」に出席した。韓国をはじめとする近隣アジア諸国に比べた場合の日本の高等教育の国際化の遅れについては、これまでも耳にしたことはあったものの、実際にこのような会議の場で見聞きすると、驚くことが多くあった。同会議について、私個人の発見や感想と併せてご紹介したい。

 「QS」とは「Quacquarelli Symonds(クアクアレリ・シモンズ)社」(本社:英国)の略称である。1990年にNunzio Quaquarelli氏により設立され、「QS世界大学ランキング」の他、MBA取得者の就職企業別給与やビジネススクールのランキングを発表するなど、主に高等教育に関する情報や助言を提供する企業である。学生のキャリア構築に重要な海外留学を推進するための出版やイベントを開催する一方、学生を雇用する側の企業にとって有用な情報発信もおこなっている。

 QS-APPLEの「APPLE」は「Asia-Pacific Professional Leaders in Education Conference and Exhibition」の略。QS-APPLE会議は、アジア太平洋地域でグローバル・パートナーシップを通じて世界クラスの大学設立を支援することを目的にQSが開催する年次会議で、毎年40カ国以上から1000人近い参加者が集まる。毎回異なるホスト国・大学が共催となり、これまでシンガポール、香港、韓国、マレーシア、フィリピン、インドネシアで開催され、今後2018年までに韓国や中国、台湾、豪州で開催されることが既に決定している。日本がこれまでホストとして同会議に関わったことはなく、今後関わる予定も現在のところない。対して、シンガポールや韓国を始めとする国々は積極的にホストを務めている。

 同会議では、主に国際化に向けた各大学の取り組みが発表されたが、延べ100名以上の発表者の中、日本の大学からの発表は3名のみ(うち2名は外国人教員)であった。また会議と同時並行で、各国からの大学による展示ブースを開設するスペースがあった。今回は45大学が出展して、海外からの留学生の招聘や国際協力の機会を拡大させるべく積極的なアピールをしていたが、日本の大学からの出展は皆無であった。一方、韓国からは5大学が、台湾からも4大学が出展していた。

世界大学ランキング

 ここで、主要な世界大学ランキングについて触れておきたい。QSと並んで有名なのは、英タイムズ紙の関連会社「Times Higher Education(THE)」による「THE世界大学ランキング」である。実はこのTHEとQSは、2004年から共同で「THE-QS世界大学ランキング」を発表していた。しかし評価方法に対する考え方の相違から、両社は2010年から別々にランキングを発表することとなり、現在に至っている。他にも、2003年開始の上海交通大学(中国)による「世界大学アカデミックランキング」などが挙げられるが、それぞれランキングが異なるのは、当然のことながら評価方法が異なるからである。例えば、QSではサーベイによるアカデミックな評判に最大の重きを置いているのに対して、THEは論文引用率に、といった具合である。

 もう少し詳しくQSの評価に使われる指標を見てみると、図1の通りである。その結果である「QS世界大学ランキング」のトップ30(2012年度)は、図2の通りである。

QS世界大学ランキング評価指標
図1. QS世界大学ランキング評価指標
図2. 世界大学ランキング・トップ30
図2. 世界大学ランキング・トップ30

 2004年度の世界大学ランキングでアジアの大学としては最高位の12位だった東京大学は2012年度には30位に、29位だった京都大学は35位にランクダウンしている。アジアの大学としての最高位の座は香港大学に奪われ、東京大学はアジアの大学では3位に後退してしまった。

 QSでは、アジアの大学に限定した「アジア大学ランキング」も2009年から行っている。これは、アジアの有識者による意見や入手データにより評価方法(図3)を設定しているため、「世界大学ランキング」とは評価指標やそのウエート、そして当然ランキング結果も異なる。図4の通り、ここでも日本の大学は残念ながら軒並みランクダウンしている。

アジア大学ランキング・トップ20
図3. QSアジア大学ランキング評価指標
図4. アジア大学ランキング・トップ20
図4. アジア大学ランキング・トップ20

 しかし、その「QSアジア大学ランキング」(2013年度)の中のアカデミックな評判による分野別ランキングのうち、「自然科学」分野は(1)東京大学、(2)京都大学、(3)北京大学、(4)シンガポール国立大学、(5)清華大学、(6)ソウル国立大学、(7)香港大学、(8)国立台湾大学、(9)大阪大学、(10)東京工業大学、というようにトップ10のうち4校が日本の大学である。同様に、「工学・技術」分野では(1)東京大学、(4)東京工業大学、(5)京都大学、「ライフサイエンス・医学」分野でも(1)東京大学、(3)京都大学、(8)大阪大学、というように、東京大学が1位を独占しているのに加えて、複数の日本の大学が上位に食い込んでいる。

日本の大学の弱点は「国際化」

 このように、特に自然科学系の分野で日本の大学が強さを見せる一方、総合ランキングでは香港や中国、韓国などの大学の後塵を拝しているのは、どういうことか。「QSアジア大学ランキング」を用いて、トップ20大学の評価指標により日本の大学の弱点を調べた結果が、図5である。日本の大学は実線で示している。

「アジア大学ランキング」トップ20の評価指標別スコア
図5. 「アジア大学ランキング」トップ20の評価指標別スコア

 評価指標のうちの日本の弱点が一目瞭然である。右半分の指標は他国の大学と大差なく、むしろ日本の大学が高い位置にあるのに比べ、左半分の国際化の度合いを示す4つの指標(外国人教員の割合、外国人学生の割合、海外からの交換留学生、海外への交換留学生)では、他国の大学に比べて断然低いのである。

 試しにこれらトップ20の大学を、この「国際化」関連指標を除外した残りの指標のみを指標別ウエートも忠実に用いてランキングしてみると、図6のように大幅な変化が生じる。東京大学は8位から1位へ、京都大学は10位から2位へ、というように、日本の大学が大幅にランクアップすると同時にトップ2を占めることになる。「QS世界大学ランキング」でもトップ50にランクインするアジアの大学を「国際化以外の指標」でランキングし直してみると、東京大学は30位から18位に、京都大学は35位から23位に、大阪大学は50位から37位に、というように同様にランクアップする。

アジア大学ランキングの国際化関連指標を除外した場合のランキング
図6. アジア大学ランキングの国際化関連指標を除外した場合のランキング

 つまり、日本の大学は「国際化」での低評価が原因で総合ランキングを下げるに至っており、非常に「もったいない」ことになっているわけである。「国際化」の評価さえ上げることができれば、総合ランキングが大幅にアップするのは明白で、先述の自然科学分野での日本の大学の活躍を見るにつけ、「もったいない」の一言に尽きる。

日本の大学の「国際化」の課題

 それでは、日本の何が、大学の「国際化」の障害となっているのだろうか。

 QSによる分析も、日本の研究レベルは依然として非常に高いということを認めつつ、国際化が大きな課題であり既に無視できない状況になっていると述べている。それによると、他の評価指標では非常に高いスコアを示している東京大学では、海外からの教員は全体の4.5%、学生は8.3%に留まり、対して、アジア大学ランキングでトップに君臨する香港科学技術大学は教員の半分、学生の36.9%が海外からの教員・学生である。特に日本での外国人学生の招聘(しょうへい)については、日本語での授業やレポート提出が大きな障害となっている他、卒業後の雇用について日本の雇用者が外国人採用に対して未だ保守的態度を示していること、また高額な生活費などが招聘拡大の障壁として挙げられている。

 上述のQS-APPLE会議の場でも、日本の大学の「国際化の遅れ」についての言及が多くあった。日本の大学の関係者からは、文部科学省による「国際化拠点整備事業:グローバル30」により実際に英語によるプログラムが増えており、外国人留学生のみならず日本人学生にも良い環境を与えている旨の紹介があったが、聴衆からの「なぜ日本では大学の国際化がうまく進まないのか」という疑問に対しては、英語でのプログラム導入に対し一部の教員からの反対が根強くあること、教員自身の英語力の問題、海外との授業スタイルの違いなどがその要因として挙げられていた。加えて、教員の中には「日本に留学してきたのだから、日本語で授業を受けるべきだ」といった声もあるという。そのような日本語や日本の文化を守ろうという意見に私自身、真っ向から反論するつもりはない。しかし現実問題として、残念ながら今や悠長なことは言っておられず、早急な国際化対策が必要だと感じている。

なぜ「国際化」が重要なのか

 QSのみならず各「世界大学ランキング」に対してはその存在意義に疑問の声も聞かれる。QS自身も、世界中の大学を同じ指標で評価するには限界があり、情報あるいは指標の1つでしかないことを認めている。

 しかし現実として、QSやTHEなどの世界大学ランキングは世界中で普及・活用されており、海外留学を検討している世界中の学生が留学先を選定する際に参考とする指標として、広く利用されていることもうかがい知れる。

 日本の大学の場合、研究の質の高さにも関わらず、国際化の遅れが原因でランクダウンする分、海外の学生へのアピール要素が減少する。すると、海外からの学生の流入が更に減少し、国際化で更に遅れをとる。

 また、大学の国際化が進まないことにより、海外に関心をもち留学する日本人学生も減少するだろう。そのような人材の国際流動性の低下に伴い国際共同研究は縮小し、国際協力による知的恩恵を享受できず、また井の中の蛙となり、日本の研究能力が国際レベルから大きく引き離される可能性も考えられる。そうすると何が起こるか。現在は高いスコアを維持しているアカデミックな評判やアウトプットのレベルも低下することにより、全ての指標においてランクダウンし、海外からの学生がさらに減少して負のスパイラルに陥っていくことも十分に考えられる。

 社会面での懸念もある。さらなる高齢化に伴い日本社会は近年、特に高度なスキルを習得した外国人材を必要としている。学生として勉強した国での就職を望む者が多いのが自然である中、日本の大学が外国人学生を失えば、日本の社会が外国人材を獲得できる機会が減ることにもつながる。

求められる早急な対策

 近年、国際会議や国際学会などの場において日本のプレゼンスが下がっていると聞くが、今回のQS-APPLE会議でも、先述のように日本からの参加大学が非常に少ないとともに、各発表でも日本に関する言及は「国際化の遅れ」以外に目立ったものはなく、日本の存在感が非常に薄く「国際化」の指標が低いのも自ずと実感できた。

 これまで東南アジアで開催される会議などに出席する際には、幅広い年代層の参加者から「日本に留学していました」と日本語で話しかけられることが多くあったが、今回の会議も含めて、ここ数年は特に若い世代にそのように話しかけられることが少なくなったと感じる。今回の会議では韓国に留学していたという20代とおぼしき参加者と話をしたが、彼らの話でも、周りの友人では韓国や中国、シンガポールなどに留学する人が増え、日本に留学する人は少ないとのこと。今後、ASEAN域内経済統合により域内での人の移動の自由度が増した際には、ASEAN諸国との留学生獲得合戦が熾烈(しれつ)化することが予想される。そのときに、果たしてまだ日本に留学したいと思ってくれる人がいるのかどうか。上述のような国際化の重要性を考えるにつけ、私自身、日本の将来に危機感さえ感じた。

 国際化の重要性や利点を認識して多様な取り組みを行い、成果を出している日本の大学も多くあるのだろう。しかしまだ成果の出ていない大学にとっては、取り組みの1つとして、QS-APPLE会議のような会議でアピールすることも有用な方法であると考える。まずはそのような機会に積極的に出ていくことにより、日本の大学をアピールしてほしいと願っている。プレゼンスを高めるとともに、他国の大学の取り組みについても情報を得て、日本の今後の取り組みに参考とするのもよいし、危機感をもつのもよいのではないか。

 私にとって今回のQS-APPLE会議への参加は、「日本の大学は今や、国内に留まり対策を練っている猶予はない」と実感した機会であった。

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