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遥か昔、世界が深い森と氷河に覆われていた頃、この世と人間の創造主はワタリガラスだった。アラスカ写真家・星野さんが追い求めたテーマは、アラスカの大自然、そしてその地に生きる人々の暮らしが重なり、90年代になってからは神話が加わった。アラスカにはどうしてワタリガラスを創世主とした神話が多いのだろう?と。
ワタリガラスの神話をたどる旅は、アラスカの小さな港町シトカでボブと運命的に出会う場面から始まる。アラスカ先住民クリンギットインディアンの若者、クラン(家系)はワタリガラス。
古老たちから新しい世代に神話を伝承するストーリーテラー役を担ったボブ。“目に見えないものに価値をおくことができる社会”にいつだって惹かれていた星野さんは、ボブと二人で朽ち果てたトーテムポールや大空を舞うハクトウワシを見るとき、ボブが無言で語る物語に耳を傾けることができた。そうして“森と氷河とクジラをつなぐ悠久な時間”をこころに抱きながら南東アラスカを北上し、神話の時代、アラスカの今、アラスカ近代史に翻弄されてきたボブや歴史の表舞台に現れないインディアンたちに訪れる次の時代を、写真と言葉でつづっていく。
この旅は、星野さんがヒグマに襲われ急逝したため未完になった。それから17年。もう長いこと繰り返し繰り返しこの本を読んできて、神話の気配が色濃いこの本の時間が、わたしが世界を見るもうひとつの(仕事をしていないとき、と言っているつもり)基調になってしまった。ところで、今春、ボブが神話の伝承に来日していたことを偶然知った。本を読み返していたわずか数日の差、しかも小さいときから遠足に行っていた家近くのお寺に。今では南東クリンギット族のリーダーとなったボブに会えていたら、どんな言葉をかけられていたのだろうか。それにしても、星野さんが好きだった親友シリアの言葉に、まったくそうだなって思う。Life is what happen to you while you are making other plans.(人生とは何かを計画している時に起きる別の出来事)。