レポート

科学のおすすめ本ー 気になる科学 調べて、悩んで、考える

2013.03.18

推薦者/サイエンスポータル編集長

気になる科学 調べて、悩んで、考える
 ISBN: 978-4-620-32121-9
 定 価: 1,500円+税
 編著者: 元村有希子 氏
 発 行: 毎日新聞社
 頁: 327頁
 発行日: 2012年12月25日

時として、ガチガチの“理系”の専門家が科学を語るよりも、“文系”の人が科学について語る方が面白い。表現のやわらかさもあるが、何よりも科学を自分の生き方の中でとらえ、科学の外から独自の視線で科学を眺めているからだろう。その好例が本書のエッセイ集だ。

軽やかに科学を取り上げ、さり気なく生活を語り、時々鋭い突っ込みを入れる。104編の話題の中には「そこまで自分のことをさらけ出して大丈夫?」と思うものもあるが、遠慮なく笑わせてもらった。その反面、『原発事故取材日記』には悲哀や疲労、憤りなども吐露され、“あの時”に感じた切なさを思い出した。

著者は某新聞社の科学記者。今ではテレビ番組のコメンテーターとして、ちょくちょく画面にもお顔を出しているようだ。ところが、かつては「科学を学ぶことは拷問に近かった」と語るほどの“理科嫌い”だったという。大学では教育学部に籍を置いて心理学を学び、教員免許は「国語」で取得した。そんな著者がトラウマ(心的外傷)を克服できたのは、「分からないことの面白さ」を、目を輝かせて語る科学者たちのおかげだと話し、紹介しているのが、何十万匹のクラゲを集めたノーベル化学賞者の下村脩(おさむ)さんだ(『クラゲ博士』)。ほかにも大勢のユニークな科学者たちが登場して、楽しい。

実は、著者は科学記者になってから、英国に1年間留学している。「科学コミュニケーション」を学ぶためだ。実感したのは「人々と科学の距離が日本よりも近い」ということだった。「…英国では、政治や芸術やスポーツと同様に、科学が暮らしに近いところで人々の話題に上った。知識の有無や深さとは関わりなく、人々は紅茶やビールを片手に科学をおもしろがったり貶(けな)したり、懐疑的な意見を言う」。

こうした経験もあってか、著者は「科学技術か科学・技術か」の話題(『「・」をめぐる問題』)を取り上げ、「科学は文化、技術は文明の尺度」と言い切る。また別の話題(『神の粒子』)では、科学の役割についても述べている。新聞朝刊に載せる記事の編集会議で、筆者は「ヒッグス粒子」の“発見”についてとうとうと説明した。「で、その発見は何か役に立つのか」と質問されて、すかさず答える。「何の役にも立たないですが、心が豊かになります」と。ここでの「役に立つ、立たない」は、科学(あるは科学技術)にとってのことではなく、あくまでも読者、多くの人々にとってのことだ。

科学が文化となって、人々の心を豊かにする。これからの科学コミュニケーションでは、特に東日本大震災以降は、科学の知識を「いかに分かりやすく伝えるか」だけではなく、「いかに人々の生活や人生観に生かしてもらうか」も重要だ。科学者自身もひとたび分野が違えば“門外漢”となるだけに、理系・文系を問わず、より多くの人々に対して必要なのは、科学知識の“送り手”発想から“受け手”発想への切り替えではないのか。科学ジャーナリズムの役割、大切さも、その辺にありそうだ。

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