レポート

科学のおすすめ本ー 幹細胞技術の標準化-再生医療への期待

2013.01.31

永山悦子氏 / 推薦者/科学ジャーナリスト

幹細胞技術の標準化-再生医療への期待
 ISBN: 978-4-542301-91-7
 定 価: 2,300円+税
 監 修: 堀友繁 氏
 編 著: 田中正躬 氏
 発 行: 日本規格協会
 頁: 269頁
 発行日: 2012年10月10日

人工多能性幹細胞(iPS細胞)を発明した山中伸弥・京都大教授のノーベル医学生理学賞受賞によって、幹細胞を使った治療や創薬などへの注目が高まる。カナダ人研究者らが幹細胞を初めて見つけたのは1961年。だが、幹細胞技術の医療応用が本格化したのは1990年代以降で、いまだに一般的な医療にはなっていない。その実用化に必要なのが「技術の標準化」だ。新たな技術が生まれ、それを市場に広げるには、「標準化」を図って一定の品質を担保することが欠かせない。本書は、開発途上にある幹細胞技術について、臨床応用、産業化、知財戦略にかかわるキーパーソンたちが、各分野の「標準化」の最新動向を書き下ろした。

中でも注目されるのが、iPS細胞を使った初の臨床研究を計画する理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーだ。高橋さんは、iPS細胞から作った網膜色素上皮細胞を使った加齢黄斑変性の治療実現を目指している。本書では、臨床研究計画の概要のほか、世界中での承認取得のため調査・知財管理にあたる会社を設立し、製薬企業の開発責任者や米国食品医薬品局(FDA)の審査官を引き抜いたこと、計画に対してFDAの見解を求めたことなど、知られていないエピソードを交えつつ、産業化に向けた意欲を示している。

iPS細胞をめぐっては当初、「特許をだれが最初に取得するか」に注目が集まった。このため、iPS細胞技術の特許取得の経緯をまとめ、国内のiPS細胞関連の特許管理にあたるiPSアカデミアジャパンの白橋光臣ライセンス部長が、大学などの研究活動などで特許を迅速に利用するため制定した独自のライセンスポリシーの概要を解説。iPS細胞技術の普及のために取り組む細胞配布、細胞培養体験コースの開設、分化細胞の販売状況などを紹介する。また、再生医療に対する世界各国の国家戦略を岡野光夫・東京女子医大教授らが解説するとともに、政府の医療イノベーション推進室担当者による日本の産業化戦略の紹介も掲載するなど、産官学の取り組みを網羅している。

幹細胞技術の標準化の現状に関しては、京都大iPS細胞研究所の研究者が「例えばその性質を論じるにあたって、どのような方法で、どのように評価すべきか、ということや、評価の際のコントロール(対照)を何に設定するかのいずれもが、現時点では未確立である」と記しているように、道半ばの段階だ。だが、本書で紹介された各分野の取り組みからは、「標準化」つまり「実用化」へのキーパーソンたちの熱意がうかがえる。

監修にあたった堀友繁・バイオインダストリー協会先端技術・開発部長は「技術は実用化して初めてその価値が生ずる」と書く。幹細胞など再生医療の市場規模は2020年代には世界で10兆円を超えるとの予測があるが、現実のものになるかどうか。現在、多額の研究費がつぎこまれている幹細胞研究の行方を占ううえで、本書は一つの道しるべになりそうだ。

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