レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第41回「ビッグデータによる新たな産業の創出」

2012.12.20

高島洋典 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 電子情報通信ユニット フェロー

高島 洋典(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 電子情報通信ユニット フェロー)

はじめに

研究開発戦略センター 電子情報通信ユニット フェロー 高島 洋典

 大量の情報、すなわちビッグデータを利用することによって新たな価値を見出そうという動きが活発になっている。従来から、コンビニエンスストアの販売時点データ(POSデータ)を分析することによって、売れ筋商品の見極めや陳列の配置を最適化するような試みが行われていた。最近になって、GPS を装備した携帯電話やカーナビの普及、また、IC カード乗車券や電子マネー、RFID なども使われており、あらゆる人や物のセンシングが可能になってきた。また、クラウドコンピューティングの一般化や、ソーシャルネットワークサービスの急拡大により、これまでは分散していた情報が一元的な管理のもとに利用可能になってきた。

 これまでは貯めるだけで精一杯であったが、大規模データ処理技術の発達により、これらのビッグデータを利用することによって、新しい価値を創造する試みが始まっている。

ビッグデータを取り巻く状況

 「マッキンゼー・グローバル・インスティチュート」の報告によると、ビッグデータの創り出す価値は、

  • 米国のヘルスケア産業に3000 億ドルの価値を提供(薬、患者、臨床などのデータ活用)
  • ロケーションデータの活用により世界で6000 億ドルの価値を消費者に提供(行動データの利用)
  • 米国の小売業の営業利益率を60%向上可能(顧客、販売、運営データの利用)
  • 欧州の政府機関に2500 億ユーロの価値を提供(公共データの公開による効率化、新サービスの提供)

 などと言われている[1]。

 また、表1のような領域においてもビッグデータの活用が検討されている。

表1 ビッグデータの活用が検討されている領域の例
表1 ビッグデータの活用が検討されている領域の例

 このほかにも、例えば、温泉街における宿泊客の行動データを収集・分析することにより温泉街としての付加価値を高める試みや、天気予報、渋滞予測などすでに多くの情報活用が始まっている[2]。画像認識や自然言語処理の領域では、従来は精緻なモデルとエレガントなアルゴリズムによって、例えば文字認識の精度を上げたり、機械翻訳の正確性を向上させてきた。しかし、最近では圧倒的な量の例文を学習することにより、人間がルールを書き下すことなく、これまでのものより正確な処理が可能になってきた。多少野蛮とも思えるやり方であるが、大量のデータが有する迫力を感じる。

サイバーフィジカルシステムとビッグデータ

 物理システムとネットワーク化されたコンピューティングによって、新たなシステムが生まれつつある。これを「サイバーフィジカルシステム」と呼んでいる。サイバーフィジカルシステムでは、物理システムに埋め込まれた通信とコンピューティング機能により、物理システムが新たな能力を持つようになる。例えば最近の自動車には多くのコンピュータが搭載され、各種の制御を行っている。従来の機械式の制御機構では得られないような高度な制御がソフトウェアによって可能になっている。自動車のほかにも、小さいものでは心臓のペースメーカーからロボット、大きなものでは化学プラントや電力ネットワークなどもサイバーであると同時にフィジカルなシステムである。これらは輸送や防衛、医療、農業など、さまざまな領域でますます重要になってくると思われる[3]。

 特に、これからの社会基盤は高度にネットワーク化され、通信とコンピュータを有機的に結びつけ、安心・安全かつ効率的な生活を実現することが期待される。本来、サイバーフィジカルシステムとビッグデータは異なる概念であるが、両者が結びつくことによって、安全・安心な社会を実現したり、地球環境と人類の共存・共生を実現したり、あるいは産業競争力を実現するための社会のインフラとなることができる。

 多種多様な情報の取得・収集を経て、それらの蓄積・管理を行い、さらに分析を加えることにより、実世界に対してより効果的な働きかけが可能になる。このそれぞれの段階において、ビッグデータとしての大規模性、リアルタイム性、データの多様性・複雑性への対処が必要になる。

今後の方向性

 ビッグデータを取り巻く状況について述べた。ここで重要なことは、技術が新たな価値を生み出すのではなく、ビッグデータをいかに活用して新たなサービス、価値を創り出すかということである。つまり、データとその現場での適用が重要だということである。残念ながらわが国においてはいまだデータの有効な活用が行われていない。それぞれの事業者や研究者、公共団体などは多くのデータを有しているが、それらは特定の目的だけに使われており、新たな利用場面の開発や、それらの融合利用による新たな付加価値の創造にまで至っていない。こういう状況を打破し、個別の産業の高度化とともに、融合による新たな産業創出に向けた取り組みが待たれる。そのためには、技術だけではなく、法制度などの環境もあわせて整備していく必要性がある。

 ビッグデータの活用は当然ながらグローバルなレベルで進展しており、わが国の競争力の維持、向上のためにも新産業の創出とそれを支える技術開発と環境整備に取り組んでいかなければならない。

参考文献
[1]http://www.mckinsey.com/Insights/MGI/Research/Technology_and_Innovation/Big_data_The_next_frontier_for_innovation
[2] 「ビッグデータ大作戦」(日経コンピュータ、2012.2.2)
[3] “Cyber Physical Systems”

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