英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)
近年、英国では技能に優れたテクニシャンや職能資格を持つ人材不足が問題となっている。1950年代にはテクニシャン養成学校があったが、現在では廃止となっている。このような状況を踏まえ、郵政事業庁(Post Office)の会長を務め、1997年には高等教育改革報告書「Dearing Report」をまとめた故Ronald Dearing卿と、保守党政権下で内務大臣や教育・科学大臣を歴任したKenneth Baker卿が中心となり設立したBaker Dearing Education Trustが発案した「University Technical College(UTC)」制度が政府の認可を受けて動き出した。このUniversity Technical College(UTC)は、以下の3点において、今までの技術者養成学校とは異なる。
- 生徒は14歳から19歳を対象とする。
- 大学又は継続教育カレッジがUTCの支援校(sponsor)となる。
- カリキュラム作成に企業も初期段階から関与する。
UTCは大学ではないが、大学がスポンサーの役割を担って深く関わる技術者養成学校であるため、当レポートで取り上げてみる。
【1. コンセプト】
- University Technical College(UTC)は、14歳から19歳の若者を対象に、特別に設立した、設備完備の技術学校にて、技術の習得に重点を置いた授業や実習を提供し、技術者(technician)を育成することを目的とする。
- 各UTCには、地域内の大学が支援校(sponsor)として指名され、スポンサー大学は、地域の継続教育専門カレッジとのパートナーシップを組むことも想定されている。
- 学生は、一般中等教育修了証のGCSE(General Certificate of Secondary Education)を得るために必要な英語、数学、科学やITなどの基礎科目を学習しながら、特殊な技術関連科目を実用に則した形で学ぶことになる。その他、経理や会社の設立方法も習得できる。
- UTCで教える技術関連科目には、特殊で最新の設備を必要とする、エンジニアリング、製品設計、医療科学、建設・支援サービス、土地・環境サービスや食品技術などがある。
- 支援校となる大学や継続教育カレッジは、地域の地方自治体や地元企業と共同して、その大学の持つ強みと地元の雇用優先度を反映した専門技能教育分野を決定する。
- UTCの学生数は通常500名から800名程度と小規模なカレッジを想定しており、学生の仲間意識と忠誠心を育むと同時に、同一地域内の通常の学校の生徒数に影響を与えない規模が考えられている。
【2. 設立背景】
- 英国は高速鉄道網の建設の他に、新たな原子力発電所、廃棄物処理工場、風力発電施設や低炭素住宅の建設など、多くのプロジェクトを加速させる時期に来ている。これらの機会を生かすには、例えばメカニックや配管工から、大卒のエンジニアや大学院卒の電子力研究者まで幅広い技能レベルを提供できる体制を整えておく必要がある。
- 国際的および歴史的なエビデンスは、英国が世界を舞台に競争するためには優れた技術教育が必要であることを示している。
- 一般中等教育修了証であるGCSE資格試験において、英国の若者の半数は英語や数学を含む5科目に良い成績を残していない。その大きな原因の一つに、動機付けの欠如が挙げられる。より良い成績を上げることができる学生が多くいるにもかかわらず、学生の持つ技術的な才能が活用されていない場合がある。
【3. 大学の関与】
- UTCは「アカデミー・プログラム」の一環として設立され、教育省(Department for Education)が設立資金の全額を負担するため、支援校となる大学や継続教育カレッジは、UTC設立のための建設資金や運営資金の負担は一切ない。
- ここで言うアカデミーとは、教育省から直接に運営費交付金を受ける公立学校である。地方自治体が運営する既存の公立学校とは異なり、外部の個人または組織であるスポンサーの支援を受け、運営に関してより自由度を持つ。学業成績の向上を目指し、2000年にイングランド地方に導入された新制度であり、2010年には約200のアカデミーが存在する。
- 支援大学は、UTCの大部分の理事と主要スタッフを任命すると同時に、以下のような活動に関わる。
- 最新の授業方法を取り入れたカリキュラムを作成する。
- 優秀な学生には、大学における2年間の準学士課程(Foundation Degree)やフルの学士課程への進学を奨励する。
- 大学スタッフには、特別な知見を持つ専門分野の授業を支援することを奨励する。(例えば、エンジニアのための数学の授業等)
- UTCの学生にインスピレーションを与えるために、大学所有の最新の専門施設を利用させる。
【4. 企業の関与】
- 企業はUTCの発展に欠かせないパートナーであり、正式な共同支援者または非公式なパートナーになることが期待されている。パートナー企業には、以下のような役割が想定されている。
- 各UTCが選択する専門分野が、それぞれの地域経済のニーズに確実に合致するように指導する。
- 学生にとって費用効果が高く、革新的な経験を積むことができるように、UTCを支援する。(必要な場合には、教育方法に対して意見を言うこともできる。)
- 他の支援者と協議して、UTCの理念(ethos)を決定する。
- 支援企業が所属する特定の産業分野の将来的ニーズに合うように、カリキュラムの作成に関与する。
- UTCのスタッフが適切な専門知識と経験を持っているかをチェックするために、スタッフの任命を支援する。
- UTC在籍中の学生に対する支援・指導を行う。
- 支援企業の所属する産業に対する学生のインスピレーションを高め、その産業分野への就職または高等教育に進むことを促進するために、学生が企業の持つ特殊施設を使用することを許可する。
- 学生に、企業における質の高い実習機会を提供する。
【5. 授業内容】
【14歳-16歳】
- 一般科目教育とブリッジ科目が60%、技術教育が40%の授業。
技術教育
エンジニアリング、実習(授業の10%を占める)、プロジェクト(出来る限り、企業の提案に基づく)および技術指導など。各UTCにおける具体的な技術教育の内容は、スポンサーである企業と大学によって決定されるが、学生が技術資格を取得するのに必要な科目を含むものとする。
一般科目教育
英語、数学、科学、現代語、人文科学、スポーツ、個人的能力や就職に必要な技能の開発を含むPSHE(Personal, Social, Health and Economic)教育、宗教など。
ブリッジ科目
経理や金融の理解力、企業法人の仕組みの理解と会社設立方法、IT、就職ガイダンスなど。
【16歳-19歳】
- 16歳以上の学生は、UTCでのフルタイムの授業コースのほかに、パートタイムの授業を取りながら企業での見習い実習コースも選択できる。フルタイム・コースの授業は一般科目教育とブリッジ科目が40%、技術教育が60%の割合
- 技術教育はより専門化すると共に、職業に直結したものとなり、授業内容は単に技術資格の取得のみならず、「Tech Eng.」や「Tech Sc.」というような職業資格の取得を目指したものになる。
【6. 学位・資格授与数】
- UTCにおける職業体験は重要な位置を占め、企業による全面的支援の下に計画される必要がある。14歳から16歳までのすべての学生は最低40日間、16歳から19歳の学生は最低80日間の見習い実習体験をすることになっている。なお、学生が質の高い実習を受けられるように、職業体験指導者には特別な訓練を受けることが求められる。
- 雇用適正技能(employability skills)への訓練には、チームワーク、問題解決方法、顧客サービス、口頭でのプレゼンテーション、自己・時間管理、自己の動機づけなどが含まれる。
【7. 留学生の出身地比率】
2012年5月、政府は新たに15のUTC設立を認可したことによって、現在までにイングランド地方には、既存または設立準備段階を含めて合計34のUTCが認可されている。その専門分野は先端工学、デジタル技術、バイオ医学などに広がっている。
【既存のUTC】

【8. 筆者コメント】
- 英国の高等教育機関の2008・09年度における総収入は253億ポンド(3兆2,890億円)、総支出は249億ポンド(3兆2,370億円)であったのに対し、2010・11年度の総収入は276億ポンド(3兆5,880億円)、総支出は272億ポンド(3兆5,360億円)と、総収入で9.1%増、総支出で9.2%増となっている。両年度とも、総収入が総支出を上回り、全体では黒字運営となっている。
- 2010・11年度の運営費交付金額の総収入に占める平均比率は、2008・09年度の35%から32%に低下しており、大学による収入減の多様化の努力がうかがえる。参考までに、オックスフォード大学とケンブリッジ大学の最新の実例を紹介する。
【オックスフォード大学の主要指標】

【ケンブリッジ大学の主要指標】

- 上記のように、英国全体では総収入に占める運営費交付金の平均値は32%ではあるが、特に有力大学を始めとした多くの大学で運営費交付金の比率を下げる努力をしている。オックスフォード大学では2006・07年度の27%に対し、2010・11年度では22%まで下がってきている。またケンブリッジ大学でも2009・10年度の17%から2010・11年度では16%と低下している。なお、ケンブリッジ大学では検定・資格試験料と出版・印刷事業収入が年間640億円近くあり、これがオックスフォード大学との収入額の差の要因になっている。
- 最後に、今月号の「英国大学事情」は通算第120号となり、2003年1月の執筆開始以来、10年が経過した。この10年間、英国の大学の数々の試みを見てきたが、絶えず危機感とスピード感を持って種々の改革に取り組んでいる姿勢を感じた。又、大学間の競争と連携をうまく組み合わせて、活力の原動力にも活用しているように思う。
- 「英国大学事情」の執筆開始時には10年間も続けることを想定していなかったが、紹介したい事例が次から次へと出てきて、執筆の材料には事欠かなかった。今後どれくらい執筆を続けられるは現在のところ不明であるが、できるところまで続けていこうと思っている。

