レポート

脱法ハーブと飲酒問題 臨床を中心に実務的議論 -第47回日本アルコール・薬物医学会-

2012.10.19

成田優美 / SciencePortal特派員

「平成24年度アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会」が9月7-9日、札幌コンベンションセンターで開かれた。主催した3学会※のうち、「第47回日本アルコール・薬物医学会(大会長、松本博志・札幌医科大学教授)」の2 つのシンポジウムと関連イベントを報告する。
※ほかに「日本アルコール関連問題学会」「日本依存神経精神科学会」

シンポジウム:7日

<最新の薬物乱用問題-「脱法ハーブ」を含む「脱法ドラッグ」問題の最前線>

《総論》

「脱法ドラッグ」とは、薬事法に基づく「指定薬物(注)」に該当しないが、類似の有害性を有することが疑われる天然物および人為的に合成された物質のこと。実際の多くは乾燥植物片(ハーブ)にある種の化学物質を混ぜて、「アロマ(芳香剤)」と称して売られている。近年は、大麻のような作用を持つ「合成カンナビノイド」や興奮作用のある「カチノン誘導体」を含む商品が主流で、粉末や液体もある。

こうした「脱法ハーブ」を含む「脱法ドラッグ」の使用によって最近、幻覚妄想や意識障害などの健康被害が多発している。規制をしても、すぐ新たな類似化合物が出現する。人体へ作用、その残遺(い)性や長期的な影響などが不明のまま出回っているので、非常に危険だ。

(注)指定薬物:興奮等の中枢神経作用を有する蓋然性が高く、人の身体に使用された場合、保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物や植物。2006年の薬事法改正による「指定薬物制度」に基づき、厚生大臣が指定する。医療や研究などの用途以外の製造、輸入、販売などが禁止されている。

《演者の要旨》

「脱法ドラッグ」対策の歴史と最近の販売状況について:阿部 哲也 氏(東京都福祉保健局)

 東京都は、1996年から都内の脱法ドラッグの流通実態を調査し、現在は、年間約110製品の試買・成分検査をしている。販売店舗数は、実際に確認しただけでも2009年が2軒、10年は17軒だったが、12年6月には78軒に急増した。販売業者は、最近はデリバリー専門が多くなり、インターネット専業は頻繁に所在地を変えるので、取り締まりに苦慮している。年商が億円単位の店もあると言われ、裏組織とつながっているようだ。警視庁との連携で販売店の監視指導を強化している。

 「東京都薬物の濫用防止に関する条例」を05年に制定し、これらの脱法ドラッグを、国より早く「知事指定薬物」に定めて、厚生労働省に上申してきた。さらに海外の流行薬物を、国内に流通する前に把握して、迅速な規制に向けていく。しかし何よりも、「使用しない」「止めさせる」ことが大切だ。「違法ではないから安全」という意識を払拭するため、冊子やイベントで啓発にも力を入れている。

「脱法ドラッグ」の流通実態と指定薬物制度について:花尻 瑠理 氏(国立医薬品食品衛生研究所)

 厚生労働省および国立衛研で「脱法ドラッグ」製品の買い上げ調査を行い、2009-12年7月の2年半で約700種類を分析した。ハーブ自体は欧米で普通に販売されているものだが、1つの製品に、多いときは7-10種類の化合物が入っていた。化合物が1種類でも、十分覚醒を及ぼす量だったことがある。救急搬送された場合、使用した製品がないと成分が分かりにくく、治療が難しい。

 欧州のモニタリング機関や海外の関連機関と情報交換しており、脱法ドラッグの分析データベースを作成する予算を申請している。効果的なメソッドをネット上に蓄積していきたい。

 脱法ハーブの依存性並びに毒性の評価:舩田 正彦 氏(国立精神・神経医療研究センター)

 合成カンナビノイドの有害作用を評価するため、脱法ハーブ製品から成分を抽出し、マウスの腹腔に投与して行動の変化を解析した。バーにもたれたまま30秒動かない。製品を燃やして吸煙させても、同様に「無動状態」が見られた。「条件付け場所嗜好性試験」(CPP 法)を行うと、精神依存の形成が認められた。脳内ドーパミン神経系が重要ではないか。細胞毒性の発現も確認された。迅速で高感度なスクリーニング法を確立しており、薬物弁別試験で類似の薬理作用を推測できる。脱法ハーブの乱用は、脳神経に対する障害の発生が危惧される。

 薬物依存症専門外来における脱法ハーブ乱用・依存患者の臨床的特徴:谷渕 由布子 氏(同和会千葉病院)

 2009年11月-12年4月に国立精神・神経医療研究センター病院の薬物依存症外来を初診した男性の脱法ハーブ乱用・依存患者15人(D群)と、同時期の男性の覚せい剤乱用・依存患者28人(K群)を、心理社会的および精神医学的特徴から比較研究をした。

 D群は、概して高学歴で海外留学経験者が20%、有職者80%、学生13%。薬物使用開始前の精神科治療歴ありが67%だった。K群は、中卒32%、留学経験ゼロ、半数以上が無職で生活保護の受給21%。過半数が薬物関連以外の犯罪歴があった。(質疑応答では、会場から「大阪の脱法ハーブ患者は、覚せい剤流れが多い」との声があった)

 20歳の男性の症例:脱法ハーブの使用2カ月後に知覚変容や被害妄想などが発現し、精神科の受診と薬で回復したが、使用の自制が困難で来院となった。精神賦活作用を持つ内容成分の表示の義務化や国際協力体制、インターネット販売の対策強化が望まれる。そして司法や救急現場への対応に備え、含有物質の正確な検出と同定、作用機序の解明の研究推進が急務である。


シンポジウム:8日

<飲酒運転問題 - 科学的エビデンスから考える>

《総論》

 飲酒運転による交通事故件数は、2001年12月に「危険運転致死罪」が刑法に新設された後に急減し、その後、横ばいが続いた。さらに07年には「自動車運転過失致死傷罪」の新設、道路交通法改正や飲酒運転に対する罰則の強化が続き、11年は01年の約5分の1になった。欧州22カ国と比べて、特異的な減少である。日本では、飲酒運転に対する社会規範が厳しくなり、罰則の強化などの各種施策が国民に支持された。そして、飲酒運転の抑制と事故の大幅な減少に効果を上げることができた。それでも、「常習飲酒運転者」が後を絶たない。

《演者の要旨》

飲酒運転の現状と課題:岡村 和子 氏(警察庁 科学警察研究所)

 交通事故の総件数は減ったが、血中のアルコール濃度が高い「飲酒事故」の件数は、あまり変化がない。「飲酒と無免許」は、増加傾向にある「ひき逃げ事件」の主な誘発要因だ。飲酒運転の再犯抑止策は2種類ある。1つは、刑事司法における「犯罪抑止モデル」。それには「一般抑止」(罰則の確実性・厳しさなどの一般周知)と「特別抑止」(飲酒運転者に対する罰金引き上げなど)がある。もう1つは、精神医学における「依存モデル」で、「認知行動療法」「動機付けの面接法」の高い効果が報告されている。両方のモデルが必要だ。

 2007年には、全ての都道府県警察に「飲酒学級」が設置された。「酒酔い運転及び酒気帯び運転(飲酒運転)」によって運転免許の取り消し処分を受けた人が受講する。課題として、“押し付けの飲酒教育”と感じさせない工夫が必要であり、飲酒運転者への診断と介入効果に関するエビデンスも不足している。

酩酊と運転 - アルコールクランプ法を用いたシミュレータ実験から:高江 康彦 氏(日産自動車)

 飲酒による運転への影響を調べた。実験の想定シナリオは「2車線高速道路の右車線で、車速に連動する先行者に追従。大小のカーブあり。1回の走行は10分間」。実験協力者の30-50歳代の男性4人に、クランプ(輸液量を調節する部分)で精密に制御しながら、希釈したエタノールを点滴した。血中アルコール濃度(BAC:blood alcohol concentration)を、呼気アルコールの濃度をモニターしながら、0.02%、0.05%、0.08%の3条件に設定した。ドライビングシミュレータで、運転者の操縦や計器の監視、燃料管理、ハンドル操作などの状況を調べた。

 その結果、BACが0.05、0.08%では集中力が低下し、車線内の自車中心位置の標準偏差を解析すると、車線維持が不安定になり、急ハンドルが増えていた。4人のうち、いわゆるお酒に弱い「2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)」が不活性型の人は、運転の乱れが大きかった。飲酒量が同じでも、この酵素活性の強弱によって、運転行動への影響が異なる可能性がある。

飲酒マーカーの最新知見とわが国の動向:松本 博志 氏(札幌医科大学医学部 教授)

 「飲酒運転」は、検挙時の呼気エタノール濃度、あるいは法的手続きを踏んだ上で測定した血中エタノール濃度で判断される。事故から逮捕、あるいは出頭までに時間が経過している場合、検査のときには血中アルコール濃度が下がっていることがある。事故当時の飲酒を、翌日以降にどのように客観的に証明するか。本人の主張をめぐって、公判中に検察庁から相談を受けることがある。運転に伴う罰則や刑法(危険運転致傷罪)を争う裁判において、はたしてその都度、科学的な根拠が正確に適用されているだろうか。

 欧米では90年代から、比較的近い時間の飲酒を証明できるマーカーの開発と、その法的な応用が検討されてきた。毛髪の解析も行われている。例えば、アルコールの分解生成物である血清中の脂肪酸エチルエステル(FAEE)は飲酒後24時間以内まで、血中・尿中のエチルグルクロニド(ETG)は、直近3日以内の飲酒を証明できる。ただし日本人は、アルコール代謝酵素(ADH2)において、代謝速度の遅い酵素を持っている人の割合がかなり高い。一概にFAEEとETGを飲酒マーカーとして、わが国に適用できないことが問題だ。これらの飲酒マーカーはアルコール性の臓器障害や依存症の治療にも役立つと考えられ、さらに研究を進めていきたい。

飲酒運転違反者の特徴と治療:中山 寿一 氏(国立病院機構 久里浜医療センター)

 飲酒運転による免許の「取消処分者講習」の受講者に、2009年から2年近く面接調査を行った。男性226人、女性7人の40%がアルコール依存症だった。常習飲酒運転者は「ブリーフインターベンション(簡易介入)」という治療を行っても、飲酒習慣を変える意欲に乏しい。断酒を目標にしているが、感情的および精神科的問題を持つ傾向にあり、治療が難しい。交通違反への厳罰化だけでなく個々人の状況に応じた対策が望ましい。

 ※なお、7日のシンポジウム<アルコールと外傷>では、「救急外来における一部の酩酊患者の暴言や行動など」の問題が提起されたことを付け加えたい。


市民公開講座<広がるアルコール問題>:9日

松本博志氏

 同日始まった第16回国際アルコール医学生物学会総会(ISBRA)と共催で行われた。大雨の中、約200人の市民が集まった。

《要旨》

法医学教室の事件簿 - 飲酒関連死を考える:松本 博志 氏(札幌医科大学医学部法 教授)

 東京都監察医務院の行政解剖例や札幌医科大学の司法解剖の例では、犯罪・変死体には高い割合でアルコールが関わっている。血中アルコール濃度の区分で最も低い0.1-0.5mg/mlを「爽快期」と呼ぶが、揺らぎ、めまい、注意力散漫などの徴候が現われる。各種データを検討した結果、日本人の場合、体内からアルコールが消えるのは1時間につき4gだ。アルコール度数5%のビール500mlを飲んだら、アルコールの比重は0.8なので、500×0.05×0.8=20(g)。つまり体内から消失するのに5時間かかる。そして睡眠によってアルコールの代謝が遅くなる。寝る前の夜11時、24人に飲酒をしてもらう実験で確認した。寝た人は、起きている人より血中濃度が高い。翌朝運転するときは、その12時間前に飲酒を終えることを心がけよう。

アルコール依存と自殺問題:樋口 進 氏(国立病院機構 久里浜医療センター 院長)

 自殺遺体や救急搬送された自殺未遂者からのアルコール検出率は高い。日本では、飲酒と自殺に関するコホート(追跡)研究は少ないが、「うつになって、飲酒で一時気持がほぐれるものの、絶望感や孤独感が増強され、自己に対する攻撃性を高まる」との報告がある。海外の研究では「アルコール依存症の人は自殺のリスクが高い」と指摘されている。お酒は健康に良いと思われがちだが、線虫によるいろいろな実験では、むしろ寿命が短い。

 当センターは「入院治療後の生命予後に関する研究」に長年取り組んだ。300人を無作為追跡の結果、死因に事故や自殺が多かった。かつて飲酒の主流は30歳以上で、男性が7割だった。最近は20歳代が多く、女性が6割になった。アルコール依存の予防は、まず飲んだ酒に含まれる「純アルコールの量(g)」を知ること。これは簡単に計算できる。

純アルコールの量(g)=アルコール飲料の量(ml)×アルコール濃度(度数/100)×アルコール比重0.8

 次に私の提案だが、純アルコール10gを「1ドリンク」という単位に置き換え、頭でカウントしながら飲む。例えば日本酒1合(180ml)×度数0.15×比重0.8=21.6で「2.2ドリンク」となる。女性は2ドリンク、男性は4ドリンクが適量だ。休肝日は週2日、寝酒は眠りが浅くなるので避ける。今後、日本で「飲酒・うつ病・自殺の関係」の調査・研究が推進されてほしい。

松本博志氏と樋口進氏

《質問に対して》

 「ドリンク」の使用を働きかけた後で、行動の変化を調べたことがある。飲みながら、つい「ドリンク」のこと考え、自分の適量を気にするそうだ。酒のラベルに「ドリンク」の数値を表示することは、オーストラリアで実施されている。日本でも前向きに検討して、広まればプラスになるだろう。酒類の製造販売は免許制なので、ある程度統一行動を取りやすい。飲食店や居酒屋は保健所が管轄なので、メニューに「ドリンク」を表示する案は、国に要望していく方が現実的かもしれない。

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