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2010年6月、小惑星探査機「ハヤブサ」が小惑星イトカワの微粒子サンプルを採取して、60億キロの旅を終え、地球に戻ってきたことは、擬人的な感動も与え、多くの人々の記憶に強く残っていると思います。また、この20年間で8人の日本人宇宙飛行士が、スペースシャトルに搭乗したり、国際宇宙ステーションに滞在しています。科学技術の発展により、地球から宇宙へ人々の興味も広がっています。
では、私たちが住んでいる地球については、どうでしょうか。もちろん世界中で数多くの研究が進められ、さまざまなことが解明されてきていますが、全くと言っていいほど解明されていない部分があります。それが、「海底の下」です。大気圏を超え、数十億キロも遠くに行くことができるのに、海の底に関しては大量の海水や高い水圧に阻まれて、数キロ下を掘削することも大変困難でした。まだ日の浅いこの分野の研究では、日本は最先端を進んでいて、本書でも紹介しているIODP(統合国際深海掘削計画)は、日本とアメリカの主導で行われている計画のひとつです。
2004年、著者は初めて北極海掘削計画に参加しました。実験室も生活空間も全て備えているものの船上という非日常的な研究生活は、非常に衝撃的であり、その後の研究に対する姿勢を変え、現在につながっているといいます。本書は、その5年後に参加したIODPでの体験を紹介したものです。
古生物学者である著者は、特に珪藻(けいそう)という小さな植物プランクトンの化石(微化石)を研究対象としています。今回は、掘削された堆積物の中から珪藻の化石を見つけて顕微鏡で観察し、これらが含まれた堆積物の堆積年代を決めることが、著者の主な仕事でした。そして本書では、その微化石の種類や分布、解析方法、そこから解明される事柄なども、写真や図を巧みに使って紹介されています。
また、一般の人々がほとんど知ることができない船上での共同研究生活の様子も、分かりやすく紹介されています。世界中の国々のさまざまな分野の研究者たち、彼らの研究を支えるテクニカルスタッフ、生活を支えるコックやドクター、ケータリングスタッフ、そして船の中では誰よりもヒーローである掘削担当のドリラーなど、実に多彩な人々で成り立っていることを教えてくれます。限られた空間での生活について、いろいろ工夫されていることも、興味深く読み進めることができます。シアタールームやスポーツジムがあることも驚きですが、ある航海では、ジムに備えつけられているサンドバックがとても人気だったということにもニヤリとさせられます。長期間の船上での研究生活では、ストレスもたまるのでしょう。一般には「特別な人」と思われがちな研究者も、私たちと同じだとあらためて認識できるエピソードのひとつです。
新事実を発見した時や、今まで目にすることのなかったサンプルを手にした時、その瞬間は、世界でただ一人自分だけが立ち会っているということは、研究者の醍醐味(だいごみ)です。著者は、海底数百メートルのコア(堆積物)を誰よりも先に手にした時、本当にわくわくするといいます。「地球のこれまでの歴史を知る」ことは、つまり「われわれの住んでいる地球の未来を知りたい」という思いにつながるといいます。現在では大学院生や若い研究者にもこのような研究プロジェクトに参加する機会が多くなりました。本書は、一般の人たちにとっては、あまりなじみのない「研究者の生活」の一部を垣間見ることのできる一冊であると同時に、若い人たちにとって、チャレンジのきっかけとなる一冊になってほしいと思います。


