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日本で成人を対象に行われた調査では、約2割の人が不眠を訴えているらしい。ひとくちに睡眠障害といっても、実に多くの症状があることを本書で初めて知った。現代のスタンダードは、欧米、日本、南米の学会などが2005年に共同発表した「睡眠障害国際分類 第2版」(8項目85分類)だそうだ。
そのうちの精神生理性不眠症、ナルコレプシー(過眠症)など24種が、第2章「不眠の原因とは?」で詳しく解説されている。自分でチェックできる診断基準がほとんどに記載されている。厚生労働省の研究委託による「睡眠障害対処12の指針」の紹介も分かりやすい。
第1章の「睡眠のメカニズム」は、20世紀初頭からのエポックメイキングな事柄が基軸になっている。まず、体内や脳の中にあって睡眠を誘い維持する「睡眠物質」。これは1909年、日本人が世界最初に見つけたそうだ。その後の国内外の実験・研究(睡眠時の脳波や意識水準、レム睡眠、体内時計…)について、文章だけでなくさまざまに表現されている。
その豊富な図式は全ての章に及ぶ。脳のイラストは簡明で、睡眠のリズムやパターンを示すグラフは多種多様だ。症例や病気の特徴がアニメ風の絵柄で一目瞭然に描かれている。予防や治療法ではストーリー性がにじむ。親しみやすい分、対照的に理論の読解が難しく感じられないだろうか。少々気になった。
内容を「成長、病気、事故」の3つの観点から捉えると、睡眠が人生を左右しかねない怖さに思いを新たにする。まず、乳幼児における睡眠と脳の発達、体温変化、そして小児の閉塞性睡眠時無呼吸症候群が広く理解され、子どもたちの成長にプラスになっていけばと願う。
「不眠がおよぼす影響とは?」と題した第3章は、「肥満」に始まり、「糖尿病、高血圧、うつ病」の順に睡眠との関係が15ページにわたって続く。5時間睡眠だと肥満率50%アップ、睡眠時間が短くなるほど糖尿病が悪化しやすいようだ。不眠はうつ病の危険因子ということで、特に早めの治療が指摘されている。
次に経済的な損失として、労働上の事故、交通事故、タンカーやスペースシャトルの事故などが項目立てられている。著者は睡眠障害の予防や治療に取り組む整形外科医(医学博士)である。日本医師会認定産業医、コーチングの資格を持ち、ヘルスケアにも努めている。文中の「睡眠不足と飲酒運転はどちらが危険か」を比較・検証した数値に驚く。同じくらい危いのだ。長距離トラックの過密勤務や夜勤時のヒューマンエラー、睡眠時無呼吸症候群(SAS)による事例では、労務管理の問題が浮かび上がっている。
本書の核心とも言うべき第4章「薬を使わない不眠の治療法」では、18の対処法が示されている。睡眠環境(温度と湿度、明るさと光、音)、食品の機能性成分、アルコールやタバコのリスクの科学的なデータが併記されている。自律訓練法も含め、本人や家族が自力で改善できる可能性が高い。また、高照度光療法やSASの切り札として注目される持続陽圧呼吸療法などの医療情報も参考になる。第5章「薬を使う不眠の治療法」は、例えばアレルギーを抑える成分が睡眠改善薬に使われたり、パーキンソン病の治療薬がむずむず脚症候群に効く話が興味深い。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」睡眠はその土台であると痛感する。