レポート

科学のおすすめ本ー 地震予知戦略や地震発生確率の考え方から明らかになる超巨大地震の可能性「東北地方太平洋沖地震は“予知”できなかったのか?」

2011.09.01

安田和宏 / 推薦者/SciencePortal特派員

地震予知戦略や地震発生確率の考え方から明らかになる超巨大地震の可能性『東北地方太平洋沖地震は“予知”できなかったのか?』
 ISBN: 978-4-7973-6567-2
 定 価: 952円+税
 編 集: 佃為成 氏
 発 行: ソフトバンククリエイティブ株式会社
(サイエンス・アイ新書)
 頁: 216頁
 発売日: 2011年6月25日

専門家の研究では、「遠くない将来に超巨大地震が起こる」という可能性は明らかにされていたものの、2011年3月11日の地震発生の“予知”はかなわなかった。その検証は必要であるが、著者は“予知”の考え方の歴史を踏まえて考察しつつ、地震“予知”を地震“予測”へと進化させることを見据えている。

「予知」を示す英語は prescience であるが、「地震予知」という術語の英訳は earthquake prediction である。prediction は、予(あらかじ)め知るためにその結果を数量的に表す、といったニュアンスを持つため、むしろ「予測・予報」と呼ぶにふさわしい。

“予知”とは、「予め知ること」を意味する。知るためにはもちろん考えることが必要で、その材料となる資料・データがなければならない。データが充実していれば、それだけ知り得ることの充実度も高まる。そして定量的な知り方が実現すれば、それは“予知”よりも“予測”という表現がよりマッチするのである。

地震予知は、前兆現象を検知して地震の発生を予測するものであり、そのためには「確率」の概念を理解することは欠かせない、と著者は強調する。人々は、まずは「地震が起こる・起こらない」という単純な確率の問題から考えを巡らせる。

サイコロを振ったときにある特定の数字が出る確率は「6分の1」である。サイコロを振る回数が多ければ多いほど、その値に限りなく近づく。このような頻度を調べる実験で得られる確率を「頻度確率」といい、これは感情や期待とは関係のない、客観的なものである。

同様に、野球においてどれくらいの頻度でヒットを打ったか、という確率も計算できる。大リーグのイチロー選手のある年の年間打率が 0.322(3割2分2厘)であった、というようにである。もちろんこれは「頻度確率」であるが、チームの監督はそれをもとに次年度の選手起用を検討する。そうなると、主観的なものも入ってくる。つまり、0.322 という数値は前年度の打率(頻度確率)であるが、それが今後の予測のために用いられるとすれば、活躍の期待を含む「主観確率」へと変化するということだ。単年度のみではなく「過去10年間の通算打率」ともなれば、なおさらだ。

地震の長期予測として新聞報道などで見かける、「30年確率(向こう30年以内の確率)」などの数値の根拠は、過去の大地震である。しかし、大地震は発生頻度が高くなく、また歴史的に古いものの記録は精度が低いため、判断するためのデータ量は残念ながら十分ではない。よって、地震の発生について、ある仮説に基づく「地震を起こす」統計的なモデルを用いらざるを得ない。

つまり、ここでの確率の算出においては、「頻度確率」の体裁を装っているが、地震発生のモデルに仮説(つまり主観的な考え)が含有されるので、「主観確率」なのである。地震の発生確率に関して、どのような仮説・モデルを出発点にしているかを注視する必要がある。

「地震予知なんて、そもそも不可能なのでは…」と嘆く前に、冷静に、かつ科学的な検証・反証を試みたいものだ。本書と共に、地震発生メカニズムについての最新の研究成果を解説した『地震予知の科学(東京大学出版会、2007年)』にも目を通すと、見えてくるものがきっとある。

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