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2011年3月11日14時46分に発生し、今もなお私たちにさまざまな影響をもたらし続けている東日本大震災。この東日本大震災によってもたらされた(あるいは顕在化した)さまざまな社会的課題の解決に向けて、日本政策投資銀行設備投資研究所とかかわりを持つ識者から寄せられた提言が、同研究所設立以来の伝統である「アカデミックでかつリベラル」という観点に照らし、基本的に「そのまま」収載されている。執筆者の別なく提言や意見の方向性が一致するような加工が施されていないことが、逆に不確実な状況の中で今後のあり方について熟考するうえでの多くの示唆を、私たち読者ひとりひとりに与えている。
例えば、本サイトの緊急寄稿「“想定外”と今後のエネルギー開発」において、理化学研究所研究顧問の和田昭允氏が「言い逃れのニュアンスを持った『想定外だったから』」という表現で触れられていた問題に関し、本書では学習院大学経済学部の宮川努氏が、「『想定外』を乱発するこれまでの日本の組織構造から、本当の意味でのイノベーションは生まれない。そもそもイノベーションは、『想定外』の事業を『想定内』に取り込む行為だからである」としたうえで、さらに「『絶対安全』といった標語から、悲惨な事故に対処する技術を生み出すことができないことは、我々がこの大震災で身に染みて感じたことである」と続けている。原子力発電の分野でいまだに(破壊的)イノベーションが起こっていないというのは、マイクロソフトの創業者で、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の共同会長であるビル・ゲイツが公的な場でしばしば指摘していることでもある(http://www.ted.com/talks/lang/jpn/bill_gates.html、)。宮川氏によれば、日本政策投資銀行設備投資研究所の初代所長として、研究所の設立と初期の活動に指導的な役割を果たされた下村治博士は生前、エネルギーの制約が日本の成長を制約すると考えておられていたという。エネルギーのイノベーションと今後のエネルギーのあるべき姿について、科学的根拠に基づいた落ち着いた議論が、世界規模で今ほど緊急性をもって必要とされる事態は、私たちは過去に経験したことがなかったのではないだろうか。
また、慶應義塾大学産業研究所の野村浩二氏の情報開示と共有に関する提言も一考に値する。文部科学省緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータが、震災後しばらくの間、文部科学省から直接国民には伝えられず、海外の研究機関などを経由して外部から漏れ伝わってきたことに関し、「動揺やパニックを起こさないために、事態の深刻さの評価が甘くなり、情報の公開が抑制された」と感じ、そこに真の危惧を抱いただろう、と指摘している。また、政府の肝いりで実施された家電エコポイント制度を例に「政府は自らの政策を正当化するために、国民に提供する情報自体を歪ませてしまうことにさえ麻痺している」とも記している。私たちは、自ら好むと好まざるとにかかわらず、不確実性の増す社会の中で、いかに必要な情報の恣意的な介入や公開の抑制を排除し、体系的かつ客観的な情報に接近することができるかが求められているのかも知れない。
本サイトとの関連では、緊急寄稿「東北関東大震災復興ペアリング支援で」に掲載された、東京大学大学院工学系研究科の石川幹子氏の提言が、若干の修正を加えた形で盛り込まれている。被災地へのペアリング支援に関しては、日本学術会議が「被災地への『対口支援方式』の導入」と名前を変えて政府に提言を行っており(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/k-110318.pdf )、サイエンスポータル編集ニュース「被災地へのペアリング支援日本学術会議が提言」にも取り上げられている。
本書が、識者の提言を世に問うだけにとどまらず、ポスト3.11の社会を具体的に前に進めるための建設的な議論の参考として、さまざまに利用されることを期待したい。