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「化学分析員」という職種をご存じだろうか。厚生労働省の賃金構造基本統計調査では約130区分の「自然科学系研究者」と「技術士」の間に位置している。著者らによると「分析はまさに科学と技術の間を往来する分野」といえるらしい。この「往来する」特徴が形を変え、本書の魅力を増している気がした。
例えばナノやピコレベルの微小な世界に引き込まれながらも、分析の目的や社会的背景を知り、グローバルな観点に引き戻される。先端技術に好奇心を刺激されつつ、科学の始原に思いを巡らす。さらに科学と法学を往来する思考と必要性についても考えさせられた。
執筆者4人は専門領域が違い、語りかけるような文章に多彩な個性がにじむ。健康、環境、暮らしに身近な話題が織り込まれ親しみやすい。国の研究機関の食品試験部に16年間勤務した津村ゆかり氏は、主な分析や検査の流れ、安全基準値などを丁寧に解説している。メディアの報道を判断するポイントもぜひ参考にしたい。
分析共通の話として、精密な測定に伴う機器の取り扱いや対策が分かりやすくまとめられている。電子てんびんは担当者の手の体温さえ影響するらしい。そして分析値が正しいかどうかの「確認」という最終ハードルがあることにはっとした。感度と精度が高くなるほど求められるものも比例する…。
次の立木秀尚氏は国内の製薬会社・研究開発部門に所属する。まず古代の4大文明や中世ヨーロッパ、近代に至る医薬品分析の変遷が面白い。現代の分析業務については、比喩がイメージしやすく、理系の枠を超えたセンスが光る。例を挙げると、「基礎研究−鉱脈の発掘作業、新薬候補物質はダイヤの原石、非臨床試験−謎をあばく探偵家業」などである。イラストがマッチして和みを添えている。
新薬の研究開発に巨額の費用がかかる説明も巧みである。各種クロマトグラフィーや加速器を用いた分析手法は、宇宙科学や医学、考古学ほかさまざまに利用が広がっているそうだ。過去から未来に通じる分析のロマンを思い描く。
3人目の高山透氏は鉄鋼メーカーの材料分析部門に勤務。鋼材の強度や品質を支える分析の重要性がよく分かる。テーマは堅いがサビや貴金属の純度など面白いトピックスが続く。本書で知った「火花試験」は国家資格検定に含まれているすごい職人技である。グラインダーで鋼材を研削したときに飛び散る火花の大きさや形状、色を見て、何の鋼材か判定するそうだ。火花の写真と手書きの図を比較できる。
最年長の堀野善司氏は技術コンサルタント会社で環境調査・分析に携わり、滋賀県立水環境科学館副館長も務める。水や空気の問題も切実だが、優れた化学物質として重宝され、後年毒性が明らかになりいまだに処理が続く事例も深刻だ。PCBやトリクロロエチレンなどである。土壌汚染調査で対象区域をメッシュ状に等分してオセロのように白黒に塗りつぶして判定という手法が興味深い。
なお津村氏は現在関西で麻薬取締部(鑑定官)の任にある。薬物乱用について約20ページ書かれており、常に慎重を重ねて分析し、公判出廷を意識しているそうだ。本書には食品衛生法、麻薬五法、廃棄物処理法など10以上の法律が引用されている。ふと思った。判事の方々はどのようなサイエンス教育を受けてきているのだろうか。
本書は大震災の前に発行された。当然言及はないがWebで関連情報を発信している方もいる。もし学生が手にしたら、著者らが組織の一員として職責を果たしている様子を読み取ってくれるように願う。