レポート

科学のおすすめ本ー 躍進する新興国の科学技術 次のサイエンス大国はどこか

2011.05.23

立花浩司 / 特派員/推薦者/SciencePortal

躍進する新興国の科学技術 次のサイエンス大国はどこか
 ISBN: 978-4-7993101-5-1
 定 価: 1,200円+税
 編 集: 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット
 発 行: ディスカヴァー・トゥエンティワン
 頁: 272頁
 発売日: 2011年5月21日

APLA(Asia Pacific and Latin America)、あるいはBRICS(Brazil、Russia、India、China and South Africa)と呼ばれる地域を中心とした、新興国の成長が世界経済を牽引し、私たちはこれらの国の成長の恩恵を受けて日々生活している。これらの新興国では、必ずしも科学技術やイノベーション政策が進展しているとはいえないものの、科学技術の進展が経済の下支えをしている場合が多いという。本書は、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカ、韓国、イスラエル、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムおよび台湾を例にとり、これらの新興国における科学技術およびイノベーション政策の現状について概観している。

例えば、中東諸国の中で唯一、科学技術イノベーション政策が奏功し、中東のシリコンバレーとたたえ称されるイスラエル。米国内にイスラエルを支持するロビイング活動勢力が強く、国防関連予算を潤沢にできたことを背景に、国防関連技術を民間転用、科学技術インフラの整備、起業のためのインキュベータづくりに続いてベンチャーキャピタルによる戦略的な資金投入が行われた。しかもハコモノの投資にとどまらず、「ヨズマプログラム」と呼ばれる、イスラエルを起業家国家たらしめた、軍事技術と表裏一体の科学技術イノベーション政策が、経済成長の駆動力として大いに機能した。

あるいは、ハンガンの危機、IMF危機といった未曾有の国家的な危機から、サムスン電子を代表するトップ企業のグローバル戦略の成功によって見事に立ち直った韓国。大統領のトップダウンによる科学技術イノベーション政策によって、国家のイニシアチブ主導の「選択」と「集中」が徹底して行われている。自国の企業等のイノベーションにつながる政策が意識的に行われており、他国の科学技術政策を十分に調査研究したうえで、必要とする技術シーズを積極的に導入し、製品化技術に特化することで自国の企業の成長につなげている。旧来型の技術シーズに固執しない韓国独自の経済成長モデルは、注目に値する。

これまで、新興国の成長モデルと言われたシンガポールについてはどうか。これまで、積極的に海外から研究人材を招聘(しょうへい)することによって、科学技術・産業発展と同時に国内の人材育成も合わせて行っていたが、この政策自体にかげりが生じてきているという。シンガポールと競合する研究人材招聘政策を行う国が増加して、これまで通りに人材を引き付けることが困難になりつつある。さらに、これまでシンガポールに移住し研究を続けてきた研究人材が他に引き抜かれることにより、研究クラスターとしてのシンガポールの魅力を押し下げる傾向もみられるというのだ。隣国のマレーシアでは、マルチメディアコリドー(MSC)と呼ばれるIT振興施策が奏功し、バイオ分野でもMSCと同様の施策を推進しつつあり、今後の動向を看過することができない。

何年か企業に勤めていれば、程度の差こそあれアジア・太平洋地域における日本の相対的地位の低下を感じる人は少なくないだろう。バイオ分野では、韓国、台湾、中国、マレーシア、インド、IT分野では韓国、台湾、中国などにおける国家政策と関連付けられた科学技術イノベーションの進捗には目をみはるものを感じる。日本の場合は、官民対話が少ないのか、イスラエルのような戦略的なロビイングや、官民挙げての垂直統合型の国家戦略の話を聞くことがまずない。仮に社会人大学院のMOTコースに通って企業内での問題解決のための糸口が開けたとしても、政治を巻き込んだ形でのメタレベルのイノベーション政策まで、今後私たちが生活の糧を得ていくための喫緊の課題として考えておかなければ、単に小手先の改善で終わってはどうしようもないと思う。

本書は、日本の研究開発戦略に対して具体的な提言を行うための調査をミッションとする、JST研究開発戦略センターの海外動向ユニットのスタッフの手によって編まれたものである。JST中国総合研究センターによって編まれた「中国の科学技術力について」などと併せて読まれることにより、今後の科学技術イノベーション政策のあり方を考えるうえでの議論のたたき台となり、科学技術の枠を越えたソーシャルイノベーションの端緒となることを強く期待したい。私たちには、将来のサバイバルに向けて課せられた大きな(メタレベルの)課題が山積しているのだから。

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